[PD093] 放射線下における幼稚園の戸外活動再開後の課題(その2)
新入園児の園生活への適応から観る震災の影響
キーワード:幼稚園, 放射線下の保育, 新入園児
【はじめに】
東日本大震災による原子力発電所の事故は,子どもたちの園生活にも大きな影響をもたらした。特に,福島県中通りでは放射線量が高く戸外活動が困難になった施設も多い。前報告(井上ら2014)では,福島市保育者へのインタビューを元に,震災から3年を経て,戸外活動を再開した幼稚園の子どもや保育者への影響を整理し,保育活動の課題を明らかした(井上ら2014)。
この報告では,①子どもの育ち(・直接体験の不足,・年齢差のない遊び方),②保育者の援助(・震災前の遊びの様子とのギャップ,・経験不足による援助への不安)を園生活の課題とした。さらに、今後の保育施設の課題として,次の3点を挙げた。それは,①子どもの経験を重視した外遊びの教育課程と指導計画の作成,②個別の支援計画の作成と活用,③保育者のための戸外活動の研修である。これらの課題は園内研修を通して解決していくことが,子どもの一人一人の育ちと園生活の充実に繋がって行くものであろうと報告した。さて2014年4月,3歳児新入園児が入園し,新しい園生活がスタートした。2014年度の3歳児は,2010年4月~2011年3月産まれの子どもである。ちょうど,0か月~11か月の乳児期に震災を体験し,成長してきた学年である。
そこで,本研究では2014年度入園3歳児の幼稚園生活への適応に焦点をあて,震災の影響と今後の保育の課題について検討することとした。
【対象と方法】
福島県A市B幼稚園の教職員に対し,新年度入園の子どもの様子について,非構造型インタビュー調査を実施した(2014年5月)。
【結果】
(1)子どもの様子
・入園式で動き回る子ども,「式」としての特有の雰囲気を感じられない子ども,そのため全体に幼い印象を受ける。
・“みんなと一緒に”ができない。みんながやっていることに興味を示さない。興味の幅が狭い。
・泣かないで笑っている,ぐずらない子ども。
・長い時間泣いていて気持ちの切り替えがうまくできない子ども。
・経験が不足しているためか,目でモノを追う,指でつまむなどの動きが苦手である。
(2)保護者(特に母親)の姿
・保護者の母子分離が出来ていない。
・負荷に弱く,不安に感じているようだ(2週間目には幼稚園を辞めたいと申し出があった)。
・自分本位に考える傾向が強い。
・我慢する,頑張るが不足しているようだ。
・家庭の教育力が不足しているのではないか。
【考察】
結果として示された3歳児の姿と震災の因果関係を十分に示すことは困難である。
しかし,震災直後の福島には様々な不安が入り乱れていた。市内では人々は息を吸うことすら不安だった。母親は食物の安全性から母乳を与えることにも悩んでいた。また,安全な水が確保できず,ミルクも離乳食も十分ではなかった。“子どもの発育”よりも“子どもの命”をどう守るのかが大きな問題であった。
母親の視点に立てば,この時期に産まれた子どもが第1子の場合,震災以降は,母親の母性が母性らしく育つための環境が整っていなかったと推察される。このことが,母親の育ちや乳児期の育ちに影響しているのかもしれない
幼稚園において,個々の幼児を丁寧に育てる必要がある。保護者への支援,援助,子育てへのアドバイスも,幼稚園で行う必要があろう。子どもや保護者への対応は園内研修を通して保育者のスキルアップや情報共有を図り,子どもや保護者の実態にあったかかわりから始め,それぞれのペースに合わせて,小学校へ繋いで行く必要がある。
今後は、保護者への聞き取りなどを通して,子育てへの振り返りやこれからの子どもの育ちの経過を追跡して行くことが必要となるであろう。
【文献】
・井上孝之「第10章 愛着」日本発達心理学会編『発達科学ハンドブック7災害・危機と人間』新曜社 2013
・井上孝之「“子どもは育ちを待ってくれない”今こそ専門職の協働を!」保育と保健ニュースNo.65,日本保育園保健協議会,2014・井上孝之,舟山千賀子「室内で補えないものが,外遊びにはあった」,Recrew.No652, 日本レクリエーション協会,2014
・本研究は平成25年度日本学術振興会科学研究費(学術研究助成基金助成金)基盤研究(C)24500887,及び基盤研究(C) 25510005 の助成を受けた。
東日本大震災による原子力発電所の事故は,子どもたちの園生活にも大きな影響をもたらした。特に,福島県中通りでは放射線量が高く戸外活動が困難になった施設も多い。前報告(井上ら2014)では,福島市保育者へのインタビューを元に,震災から3年を経て,戸外活動を再開した幼稚園の子どもや保育者への影響を整理し,保育活動の課題を明らかした(井上ら2014)。
この報告では,①子どもの育ち(・直接体験の不足,・年齢差のない遊び方),②保育者の援助(・震災前の遊びの様子とのギャップ,・経験不足による援助への不安)を園生活の課題とした。さらに、今後の保育施設の課題として,次の3点を挙げた。それは,①子どもの経験を重視した外遊びの教育課程と指導計画の作成,②個別の支援計画の作成と活用,③保育者のための戸外活動の研修である。これらの課題は園内研修を通して解決していくことが,子どもの一人一人の育ちと園生活の充実に繋がって行くものであろうと報告した。さて2014年4月,3歳児新入園児が入園し,新しい園生活がスタートした。2014年度の3歳児は,2010年4月~2011年3月産まれの子どもである。ちょうど,0か月~11か月の乳児期に震災を体験し,成長してきた学年である。
そこで,本研究では2014年度入園3歳児の幼稚園生活への適応に焦点をあて,震災の影響と今後の保育の課題について検討することとした。
【対象と方法】
福島県A市B幼稚園の教職員に対し,新年度入園の子どもの様子について,非構造型インタビュー調査を実施した(2014年5月)。
【結果】
(1)子どもの様子
・入園式で動き回る子ども,「式」としての特有の雰囲気を感じられない子ども,そのため全体に幼い印象を受ける。
・“みんなと一緒に”ができない。みんながやっていることに興味を示さない。興味の幅が狭い。
・泣かないで笑っている,ぐずらない子ども。
・長い時間泣いていて気持ちの切り替えがうまくできない子ども。
・経験が不足しているためか,目でモノを追う,指でつまむなどの動きが苦手である。
(2)保護者(特に母親)の姿
・保護者の母子分離が出来ていない。
・負荷に弱く,不安に感じているようだ(2週間目には幼稚園を辞めたいと申し出があった)。
・自分本位に考える傾向が強い。
・我慢する,頑張るが不足しているようだ。
・家庭の教育力が不足しているのではないか。
【考察】
結果として示された3歳児の姿と震災の因果関係を十分に示すことは困難である。
しかし,震災直後の福島には様々な不安が入り乱れていた。市内では人々は息を吸うことすら不安だった。母親は食物の安全性から母乳を与えることにも悩んでいた。また,安全な水が確保できず,ミルクも離乳食も十分ではなかった。“子どもの発育”よりも“子どもの命”をどう守るのかが大きな問題であった。
母親の視点に立てば,この時期に産まれた子どもが第1子の場合,震災以降は,母親の母性が母性らしく育つための環境が整っていなかったと推察される。このことが,母親の育ちや乳児期の育ちに影響しているのかもしれない
幼稚園において,個々の幼児を丁寧に育てる必要がある。保護者への支援,援助,子育てへのアドバイスも,幼稚園で行う必要があろう。子どもや保護者への対応は園内研修を通して保育者のスキルアップや情報共有を図り,子どもや保護者の実態にあったかかわりから始め,それぞれのペースに合わせて,小学校へ繋いで行く必要がある。
今後は、保護者への聞き取りなどを通して,子育てへの振り返りやこれからの子どもの育ちの経過を追跡して行くことが必要となるであろう。
【文献】
・井上孝之「第10章 愛着」日本発達心理学会編『発達科学ハンドブック7災害・危機と人間』新曜社 2013
・井上孝之「“子どもは育ちを待ってくれない”今こそ専門職の協働を!」保育と保健ニュースNo.65,日本保育園保健協議会,2014・井上孝之,舟山千賀子「室内で補えないものが,外遊びにはあった」,Recrew.No652, 日本レクリエーション協会,2014
・本研究は平成25年度日本学術振興会科学研究費(学術研究助成基金助成金)基盤研究(C)24500887,及び基盤研究(C) 25510005 の助成を受けた。