日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PH(01-64)

ポスター発表 PH(01-64)

2016年10月10日(月) 13:00 〜 15:00 展示場 (1階展示場)

[PH35] 困難に挑む心を育む教育プログラムの開発と実践

知能観理論に基づく学習意欲の予測と介入

竹橋洋毅1, 豊沢純子2 (1.関西福祉科学大学, 2.大阪教育大学)

キーワード:知能観, 原因帰属, 動機づけ

目   的
 能力を伸ばす上では,簡単なことよりも,困難なことに粘り強く取り組むことが効果的であることが示唆されている。この意味において,困難への挑戦心を育むことは重要な教育課題といえる。困難な課題への意欲を高める方法としてよく挙げられるのは自信を持たせることである。しかし,成功体験の多い子が一度の挫折で意欲を失うこともあれば,自信がなくとも困難に挑む子もいる。能力を伸ばす上で困難に取り組むことが効果的であることを併せて考えると,挑戦心を自信に依存せず高めることは重要である。Dweck(2011)は,困難への挑戦心を考える上で,知能観が鍵となると論じている。
 知能観とは知能についての捉え方である。知能が生まれつき決まっているという固定的知能観を信じる生徒は努力に意義に見出しにくく,困難に直面するとすぐ諦めてしまいがちである。一方,知能は伸ばすことができるという増大的知能観を信じる生徒は困難に直面した時,成長機会と捉え粘り強く取り組む。実際,Blackwellら(2007)は増大的な生徒は固定的な生徒より目標や原因帰属が好ましく,2年後の学力が向上しやすいこと,増大的知能観を育むための教育的介入を行うことで学力を高められることを示唆している。
 知能観に基づく学習意欲・学力の分析と介入は本邦では蓄積が少ないが,有用な枠組みとなる可能性は高い。そこで,本研究では知能観,困難への挑戦心,学力の関係について分析するとともに(研究1),増大的知能観を育む研究授業の効果について検証した(研究2)。なお,研究1,2ともに心理変数間の分析には中学1~3年生(322名)のデータを対象としたが,学力を含めた分析には1年生(137名)のデータのみを用いた。
研 究 1
目的:知能観の個人差が学習意欲や学力の変化とどのように関連するかについて検討する。
方法:本研究では学力状況調査(4月),学習意欲に関する意識調査(5月),二学期末試験の成績(11月)のデータを関連付けた。学習意欲に関する調査では,知能観,習得目標の重要度,失敗場面の原因帰属や学習意欲,各科目のとらえ方(得意-不得意,将来役立つ-役立たない)を測定した。
結果と考察:まず,意識調査のみから示唆された結果を報告する。知能観の尺度得点は2,3年生が1年生よりも固定的だった。中学1年生は勉強面での変化が激しい困難の時期であり,その時期を経ることで知能観が固定的になる可能性がある。また,知能観が固定的であるほど,新たなことを身につけるため学ぶという習得目標を持ちにくく,失敗を努力の不足でなく,頭の悪さのせいにして諦めやすく,苦手な科目や将来役立たないと思う科目数が多くなるという相関がみられた(ps <.05)。
 さらに,5月時の知能観得点に基づき群分けし,二学期末の定期試験の成績を比較した。その結果,増大的な生徒のほうが固定的な生徒よりも約半年後の成績が良好であることが示唆された(p <.05)。媒介分析を行ったところ,知能観が固定的であるほど,困難時に諦めやすく,それが成績の低さにつながるという可能性が示唆された。
研 究 2
目的:増大的知能観を育む研究授業が学習姿勢と学力に及ぼす影響について検討する。
方法:スタンフォード大学の教育プロジェクトPERTS(the Project for Education Research That Scales)が公開する教材を参考とし,「成長志向を育む授業」を試作した。この授業を中学1~3年生に実施し,その前後で知能観と困難のとらえ方を測定した。
結果と考察:授業後には前よりも,知能観が増大的になり,困難に取り組むことが効果的な学びにつながると捉えるようになった(ps <.05)。
 次に,もともとの学力(4月学力状況調査)と知能観(5月),所属クラスの影響を統制した上で,知能観の変化(5月~11月授業後)と二学期末試験の成績の関係を分析した。その結果,知能観が増大的に変化した生徒はそうでない生徒よりも5科目の総合成績(特に英語)が良好だった(ps <.05)。ただし,授業前後で知能観が変化した程度と成績の相関は有意でなかったため,介入による学力向上効果については継続的な検討が必要とされる。
総合考察
 欧米の知見と同様に,知能観が学習姿勢や学力を予測すること,教育的介入により知能観を増大的に変化させられることが実証された。今後は,学力向上効果の検証を継続しつつ,より強力な介入手法を開発することが求められる。