[JD03] 学校と地域の協働は何をもたらすのか?
教育心理学からみた地域と協働する学校の取り組みと成果
Keywords:学校と地域の協働, 学校支援地域本部事業,
企画趣旨
近年,学校と地域の連携によって教育支援を図る多様な取り組みが,全国で数多く行われている。教師の多忙化に伴い,多くの学校が疲弊していることからも,こうした地域に教育のリソースを求める動きは今後も加速していくことが予想される(大久保・岡鼻・時岡・岡田・平田・福圓, 2013)。このような地域の教育力を活かす事業の1つとして学校支援地域本部事業が挙げられる。
学校支援地域本部事業とは,平成20年より始まった文部科学省の委託事業であり,学校が必要とする活動について地域住民をボランティアとして派遣する事業で,そのためにコーディネーターを中心とする組織を整備するものである。いわば地域に学校の応援団を作る試みであり,従来の学校支援ボランティア活動を発展させた組織的なもので,より効果的に学校支援を行うために設置されるものである(時岡・大久保・平田・福圓・江村, 2011)。近年,学校支援地域本部事業に関する研究(例えば,岩崎・松永, 2011; 清國, 2011; 松永, 2010; 本迫, 2009; 中川・山崎・深尾, 2010; 荻野, 2010)が増えてきており,こうした研究から,この事業によって学校と地域が活性化されることなどが明らかとなっている。さらに,現在では,地域による学校への支援という視点から学校と地域との協働という視点へ転換がはかられており,今後は学校が積極的に地域に関わっていくことが求められている。
本シンポジウムでは,中学校での学校支援地域本部事業の事例をもとに,学校と地域との協働の取り組みを教育心理学の中に位置づけ,学校と地域のよりよい協働のあり方について考えたい。昨年は学校と地域との連携・協働についての動向をおさえたうえで,学校支援地域本部事業に取り組む公立中学校の事例について,実践の具体的なあり様とデータに基づく成果と課題についての議論を行った(岡田・大久保, 2017)。今回は,学校支援地域本部事業に取り組む公立中学校の様々な取り組みについて,様々な教育心理学者が各々の視点からコメントすることで,学校と地域の協働が何をもたらすのかついて考え,今後の学校と地域との協働の方向性を探っていきたい。
学校と地域の協働による効果と課題を考える
時岡晴美
近年,学校と地域が連携する場面が増加し,学校と地域の協働活動に期待が高まっている。学校運営や学校の課題に対し地域住民が参画して支援するコミュニティ・スクールにも社会の関心が寄せられている。全国の多くの地域で登下校を見守るボランティアが定着し,部活動や実習などの補助や環境整備に地域住民が来校するケースも多く,地域全体で子どもを育てる活動は活発化している。
これまでの動向を整理すると,学校現場の課題解決や教員の負担軽減への対応(改正教育基本法2006年施行「学校,家庭及び地域住民等の相互連携協力」,2008年度「学校支援地域本部事業」など),地域教育力向上や地域活性化を図るもの(2005年「地域教育力再生プラン」,2017年社会教育法改正など),いわば学校側と地域側の双方から取り組まれてきたとみることができる。
こうした中,全国で活発に進展している取り組みとして「学校支援地域本部事業」がある。文部科学省が2008年度から新重要政策課題として実施したもので,学校が支援を必要とする活動について地域住民をボランティアとして派遣するための組織を整備する取り組みである。発足当初は全国867市町村に2,176の地域本部が立ち上げられ,2011年度からは補助事業となったものの年々全国で増加し,2015年度は4,146本部が設置され全公立小・中学校の約32%を占めるに至った。学習支援,環境整備,読み聞かせなど多彩な活動があり,教育効果について,荒れの収束,学力向上,地域の教育力向上など多面的に明らかにされている(岡田・時岡・大久保, 2017・2016;高橋, 2011;本迫,2009など)。地域の側にも,震災後の避難所運営や自治組織立ち上げが順調だった(文科省,2017),地域住民の自己実現や地域活性化に繋がった(時岡,2011)など報告されている。他方で,学校規模や発足経緯による差異,先発組と後発組の取り組み方の違いが指摘され,発展過程や地域の人材養成など課題も多い(時岡・大久保・岡田, 2015)。校種による成果の違いについても明確にされているとは言い難い。
2015年には中教審答申で,地域・学校の双方向の連携・協働を図る「地域学校協働本部」を置くとして,「地域による学校の支援」から「連携・協働」へと転換が図られた。活動内容,担当の在り方,組織編成など課題は山積しており,発足経緯や発展過程なども検討する必要がある。学校と地域の協働について効果と課題を考えたい。
地域と協働して幸せな学校生活をめざす
平田俊治
はじめに
困難を抱える学校教育に,今,何が必要か考え,次のような仮説を立てた。
学校教育に,学校支援地域本部事業を導入し,さらにそれをベースに社会貢献活動を取り入れれば,生徒の自尊感情を高め,生徒の社会参画意識を向上させることができる。その結果,人の役に立つことに価値を見出し,幸せな学校生活を送ることができる。
この仮説にたち,備前市立備前中学校を皮切りに,現在の高陽中学校まで,3校で10年間地域本部事業の導入を図り,現在の中学校ではさらに地域貢献活動を推進してきた。
本校のこれまでの背景
現在勤務している高陽中学校は,生徒数327名学年3クラスの中規模校である。1970年ごろから大規模な宅地が開発され人口が倍増した。新しい住民の流入はそれまでの地域社会に変化をもたらし,造成された宅地のなかに低所得者向けの県営住宅があったことから,様々な格差が顕在化することになった。
取組の概要
格差を抱えた生徒たちが,幸せな人生を送るためには,どのような取組が必要か,職員と検討した結果,地域本部事業を導入し地域の人たちと良質な関係を築き,自尊感情を育成することが必要だという結論に達した。
しかし,自尊感情は一時的に上昇しても,次の策を講じないと頭打ちになってしまうという課題がある。「“人の役に立つ”という因子の影響が他国に比べ強いため,社会活動の経験が少ない日本の若者の自尊感情は低く表れる。」という学説があることを知り,中学生に社会貢献活動を呼びかけることでこの課題を解決できるのではと考え,実施した。
取組の実際
(1)地域本部事業 学習支援活動では,月2回程度月曜日の放課後1時間,学習支援室で学習会を行なった。担任教師などから声をかけられた生徒や自分で勉強が必要と感じた生徒が毎回20名程度参加した。教材は各自で準備し,生徒に個別指導を目指した。
環境整備活動では,学校整美活動とトイレ掃除を行なった。生徒は,ボランティアとともに校内の草刈りや樹木の剪定,学校周辺の道路清掃などを行い,毎回約200名程度が参加した。作業終了後には,保護者やボランティアと生徒がお礼の言葉を述べ,握手を行うのが恒例となっており,12月の作業終了には保護者の作った豚汁を一緒に食べた。トイレ掃除は,生徒有志による「心を磨くトイレ掃除」実行委員会が主催する。学期に一度,土曜日の早朝に学校に集合し,小グループに分かれ学校中のトイレを徹底的に磨く。作業後の反省会では感想を共有した。終了時には保護者やボランティアと感謝の言葉とともに握手を行った。
読み聞かせは,年間6回月曜日「朝読書の時間」に,ボランティア17名が全クラスに出向き本を読んで聞かせた。クラス代表が校長室に迎えにきてボランティアを教室に案内する。教室への途上の会話が楽しみなボランティアもいる。読みきかせ終了後に反省会を開き,クラスの印象や反応を共有する。その間に,生徒の感想文が届くという仕組みにしている。
(2)地域貢献活動 小学校での学習支援活動は,中学生が夏休みと冬休みに小学校に出向いて学習支援を行う。有志の参加であるが,成績の振るわない生徒を校長室に招いて給食をともにし,小学校の学習支援への参加を要請した。小学校の先生がさまざまな配慮をしてくれるおかげで,そうした生徒の学習指導も小学生に好評で,参加者の満足度も高い。
中学生が小学校に出向いて読みきかせを行った。事前に,本の選定や読み聞かせのノウハウについて,ボランティアの指導を受けて臨む。当日は,小学校のあいさつ運動に参加したのち読みきかせを行うので,児童は「あいさつ運動のお兄ちゃん」と開始前から周囲に群がり,中学生は「静かに聞いてくれて感動した」などと,満足度が高い。
成果
アンケートの結果から,学校支援開始後すぐにボランティア高参加群の「学校への安心感」が上昇した。高参加群は成績が低迷し,教師から学習支援に参加するよう助言を受けている生徒が多い。参加することで,勉強や将来に対する不安が解消し,安心して学校生活を送るようになったと考えられる。低参加群の「学校支援への期待」が上昇した。低参加群はそれまで何か支援してもらうという経験が少なかったのだろう。しかし,友人が支援してもらう様子をみて,期待するようになったと考えられる。社会参画意識は次第に向上し,全国平均を大きく上回るようになった。
まとめ
勉強ができる,部活動で活躍する,生徒会で活躍する,そんな人はなかなかいない。まして全部ができる人など皆無に近い。社会経験の乏しい学校では,自尊感情を高めることが難しい。そこにボランティア活動という新しい価値観が加わると,一人ひとりが得意な分野を伸ばし,「今のままの自分でいいのだ」と考える生徒が増え,安心して生活することができるようになった。
近年,学校と地域の連携によって教育支援を図る多様な取り組みが,全国で数多く行われている。教師の多忙化に伴い,多くの学校が疲弊していることからも,こうした地域に教育のリソースを求める動きは今後も加速していくことが予想される(大久保・岡鼻・時岡・岡田・平田・福圓, 2013)。このような地域の教育力を活かす事業の1つとして学校支援地域本部事業が挙げられる。
学校支援地域本部事業とは,平成20年より始まった文部科学省の委託事業であり,学校が必要とする活動について地域住民をボランティアとして派遣する事業で,そのためにコーディネーターを中心とする組織を整備するものである。いわば地域に学校の応援団を作る試みであり,従来の学校支援ボランティア活動を発展させた組織的なもので,より効果的に学校支援を行うために設置されるものである(時岡・大久保・平田・福圓・江村, 2011)。近年,学校支援地域本部事業に関する研究(例えば,岩崎・松永, 2011; 清國, 2011; 松永, 2010; 本迫, 2009; 中川・山崎・深尾, 2010; 荻野, 2010)が増えてきており,こうした研究から,この事業によって学校と地域が活性化されることなどが明らかとなっている。さらに,現在では,地域による学校への支援という視点から学校と地域との協働という視点へ転換がはかられており,今後は学校が積極的に地域に関わっていくことが求められている。
本シンポジウムでは,中学校での学校支援地域本部事業の事例をもとに,学校と地域との協働の取り組みを教育心理学の中に位置づけ,学校と地域のよりよい協働のあり方について考えたい。昨年は学校と地域との連携・協働についての動向をおさえたうえで,学校支援地域本部事業に取り組む公立中学校の事例について,実践の具体的なあり様とデータに基づく成果と課題についての議論を行った(岡田・大久保, 2017)。今回は,学校支援地域本部事業に取り組む公立中学校の様々な取り組みについて,様々な教育心理学者が各々の視点からコメントすることで,学校と地域の協働が何をもたらすのかついて考え,今後の学校と地域との協働の方向性を探っていきたい。
学校と地域の協働による効果と課題を考える
時岡晴美
近年,学校と地域が連携する場面が増加し,学校と地域の協働活動に期待が高まっている。学校運営や学校の課題に対し地域住民が参画して支援するコミュニティ・スクールにも社会の関心が寄せられている。全国の多くの地域で登下校を見守るボランティアが定着し,部活動や実習などの補助や環境整備に地域住民が来校するケースも多く,地域全体で子どもを育てる活動は活発化している。
これまでの動向を整理すると,学校現場の課題解決や教員の負担軽減への対応(改正教育基本法2006年施行「学校,家庭及び地域住民等の相互連携協力」,2008年度「学校支援地域本部事業」など),地域教育力向上や地域活性化を図るもの(2005年「地域教育力再生プラン」,2017年社会教育法改正など),いわば学校側と地域側の双方から取り組まれてきたとみることができる。
こうした中,全国で活発に進展している取り組みとして「学校支援地域本部事業」がある。文部科学省が2008年度から新重要政策課題として実施したもので,学校が支援を必要とする活動について地域住民をボランティアとして派遣するための組織を整備する取り組みである。発足当初は全国867市町村に2,176の地域本部が立ち上げられ,2011年度からは補助事業となったものの年々全国で増加し,2015年度は4,146本部が設置され全公立小・中学校の約32%を占めるに至った。学習支援,環境整備,読み聞かせなど多彩な活動があり,教育効果について,荒れの収束,学力向上,地域の教育力向上など多面的に明らかにされている(岡田・時岡・大久保, 2017・2016;高橋, 2011;本迫,2009など)。地域の側にも,震災後の避難所運営や自治組織立ち上げが順調だった(文科省,2017),地域住民の自己実現や地域活性化に繋がった(時岡,2011)など報告されている。他方で,学校規模や発足経緯による差異,先発組と後発組の取り組み方の違いが指摘され,発展過程や地域の人材養成など課題も多い(時岡・大久保・岡田, 2015)。校種による成果の違いについても明確にされているとは言い難い。
2015年には中教審答申で,地域・学校の双方向の連携・協働を図る「地域学校協働本部」を置くとして,「地域による学校の支援」から「連携・協働」へと転換が図られた。活動内容,担当の在り方,組織編成など課題は山積しており,発足経緯や発展過程なども検討する必要がある。学校と地域の協働について効果と課題を考えたい。
地域と協働して幸せな学校生活をめざす
平田俊治
はじめに
困難を抱える学校教育に,今,何が必要か考え,次のような仮説を立てた。
学校教育に,学校支援地域本部事業を導入し,さらにそれをベースに社会貢献活動を取り入れれば,生徒の自尊感情を高め,生徒の社会参画意識を向上させることができる。その結果,人の役に立つことに価値を見出し,幸せな学校生活を送ることができる。
この仮説にたち,備前市立備前中学校を皮切りに,現在の高陽中学校まで,3校で10年間地域本部事業の導入を図り,現在の中学校ではさらに地域貢献活動を推進してきた。
本校のこれまでの背景
現在勤務している高陽中学校は,生徒数327名学年3クラスの中規模校である。1970年ごろから大規模な宅地が開発され人口が倍増した。新しい住民の流入はそれまでの地域社会に変化をもたらし,造成された宅地のなかに低所得者向けの県営住宅があったことから,様々な格差が顕在化することになった。
取組の概要
格差を抱えた生徒たちが,幸せな人生を送るためには,どのような取組が必要か,職員と検討した結果,地域本部事業を導入し地域の人たちと良質な関係を築き,自尊感情を育成することが必要だという結論に達した。
しかし,自尊感情は一時的に上昇しても,次の策を講じないと頭打ちになってしまうという課題がある。「“人の役に立つ”という因子の影響が他国に比べ強いため,社会活動の経験が少ない日本の若者の自尊感情は低く表れる。」という学説があることを知り,中学生に社会貢献活動を呼びかけることでこの課題を解決できるのではと考え,実施した。
取組の実際
(1)地域本部事業 学習支援活動では,月2回程度月曜日の放課後1時間,学習支援室で学習会を行なった。担任教師などから声をかけられた生徒や自分で勉強が必要と感じた生徒が毎回20名程度参加した。教材は各自で準備し,生徒に個別指導を目指した。
環境整備活動では,学校整美活動とトイレ掃除を行なった。生徒は,ボランティアとともに校内の草刈りや樹木の剪定,学校周辺の道路清掃などを行い,毎回約200名程度が参加した。作業終了後には,保護者やボランティアと生徒がお礼の言葉を述べ,握手を行うのが恒例となっており,12月の作業終了には保護者の作った豚汁を一緒に食べた。トイレ掃除は,生徒有志による「心を磨くトイレ掃除」実行委員会が主催する。学期に一度,土曜日の早朝に学校に集合し,小グループに分かれ学校中のトイレを徹底的に磨く。作業後の反省会では感想を共有した。終了時には保護者やボランティアと感謝の言葉とともに握手を行った。
読み聞かせは,年間6回月曜日「朝読書の時間」に,ボランティア17名が全クラスに出向き本を読んで聞かせた。クラス代表が校長室に迎えにきてボランティアを教室に案内する。教室への途上の会話が楽しみなボランティアもいる。読みきかせ終了後に反省会を開き,クラスの印象や反応を共有する。その間に,生徒の感想文が届くという仕組みにしている。
(2)地域貢献活動 小学校での学習支援活動は,中学生が夏休みと冬休みに小学校に出向いて学習支援を行う。有志の参加であるが,成績の振るわない生徒を校長室に招いて給食をともにし,小学校の学習支援への参加を要請した。小学校の先生がさまざまな配慮をしてくれるおかげで,そうした生徒の学習指導も小学生に好評で,参加者の満足度も高い。
中学生が小学校に出向いて読みきかせを行った。事前に,本の選定や読み聞かせのノウハウについて,ボランティアの指導を受けて臨む。当日は,小学校のあいさつ運動に参加したのち読みきかせを行うので,児童は「あいさつ運動のお兄ちゃん」と開始前から周囲に群がり,中学生は「静かに聞いてくれて感動した」などと,満足度が高い。
成果
アンケートの結果から,学校支援開始後すぐにボランティア高参加群の「学校への安心感」が上昇した。高参加群は成績が低迷し,教師から学習支援に参加するよう助言を受けている生徒が多い。参加することで,勉強や将来に対する不安が解消し,安心して学校生活を送るようになったと考えられる。低参加群の「学校支援への期待」が上昇した。低参加群はそれまで何か支援してもらうという経験が少なかったのだろう。しかし,友人が支援してもらう様子をみて,期待するようになったと考えられる。社会参画意識は次第に向上し,全国平均を大きく上回るようになった。
まとめ
勉強ができる,部活動で活躍する,生徒会で活躍する,そんな人はなかなかいない。まして全部ができる人など皆無に近い。社会経験の乏しい学校では,自尊感情を高めることが難しい。そこにボランティア活動という新しい価値観が加わると,一人ひとりが得意な分野を伸ばし,「今のままの自分でいいのだ」と考える生徒が増え,安心して生活することができるようになった。