[JD05] 児童生徒のインターネット上でのいじめやトラブルをどう理解し,どう介入するか(2)
教育心理学のエビデンスを情報モラル教育につなげる
キーワード:情報モラル教育, ネットいじめ, 予防教育
企画の趣旨
情報化社会の発展とともに,インターネット利用をめぐる子どもたちのトラブルが急増し,その対応として,学校教育でも情報モラルに対する指導が導入された。本年度より開始される道徳の教科化においても重点的なポイントとして取り扱われている。しかし,インターネットや情報機器に対する苦手意識を持っていたり,自分自身がインターネットを利用しないためにネットやSNSにハマる子どもの気持ちがわからず,どのように教育実践を行えばよいのか迷っている教師も少なくない。このような教師の迷いや悩みを周囲が軽視すれば,情報モラル教育は,子ども理解が不十分なままに「~しなければならない」「~してはならない」とマナーが教授されるだけの表面的で内実を伴わない実践に陥りかねない。
わが国で情報化元年と謳われたのは1995年のことである。いまや児童生徒のコミュニケーションに不可欠となったSNSは,2003年のFacebook(フェイスブック)に端を発し,2006年Twitter(ツイッター),2010年Instagram(インスタグラム),2011年LINE(ライン)が次々と開発され,現在では児童生徒誰もが日常的に利用できるものになった。昨今,エビデンス(客観的な根拠,一般的には実証的な研究成果)に基づく教育の必要性が示唆されているが,子どものインターネット利用をめぐっては,急速な変化の渦中にある上に,誰もがインターネットを利用する現状は出現したばかりであることから,教育心理学的観点の実証的知見が圧倒的に不足している。特に,学校教育に必要な子どもの発達との関連性や,汎用性の高い実践例などに関するエビデンスの提供と,それに基づく教師と研究者の議論が求められていると言えよう。
それに加え,教師が苦手意識をもちやすい情報モラル教育に関するエビデンスの提供においては,教師のエンパワーメントという側面がより重視されなければならないであろう。海外では,教師等のエビデンスを活用する実践者と研究者等のエビデンス提供者との間に仲介機関が存在し,エビデンスの評価や推薦に加え,実務的な活用のためのガイドなども示すという(岩崎,2017など)。仲介機関が存在しない現時点のわが国において,極めて多忙な教師がエビデンスを教育実践に活かしていくためには,研究者側が教師の意見やニーズを大いに取り入れながらエビデンスを提供する等の工夫を行うことで,仲介機関の役割を代替することが必要ではないだろうか。
企画者は,数年来にわたり,小学生,中学生,高校生を対象に,インターネット,中でもSNSの利用におけるトラブルやいじめに関して実証的・理論的検討を重ね,教育現場における実践を協働的に行ってきた。本シンポジウムでは,それぞれの関心に基づく児童生徒のインターネットトラブルや介入等に関する最新の研究成果を紹介する。そして,それらの知見をどのように情報モラル教育の授業や生徒指導,教育相談等に活かしていくことができるか,それぞれの立場から提案を行い,学校教育の豊富な経験と知識をもつ指定討論者やフロアとの活発な討論につなげたい。
児童生徒のSNS利用に関する大人と子どものギャップとその背景―情報モラル教育を始める前に知っておきたいこと―
若本純子
なぜ多くの児童生徒が「依存」と言われるほどスマートフォンを手放せないのか,なぜ軽はずみにSNSに個人情報満載の画像を投稿してしまうのか不思議に思ったことはないだろうか。凄惨な事件にSNSが関与したという報道を目にして,スマートフォンを禁止しなければ子どもの安全を守れないと不安になったことはないだろうか。
その一方で,ティーンエイジャー(中高生)は,思春期・青年期特有の「親しい友人と楽しいおしゃべりを続けたい」との思いからSNSに没頭しているだけなのに,なぜ大人が過剰な拒否反応を示すことに戸惑っているという(ボイド2014,野中訳2014)。このようにSNSやインターネットの利用をめぐっては,大人と子どもの間の考え方・捉え方のギャップが顕著である。そこに目を向けないまま,いわゆる道徳的な枠組みでSNS利用の際の「心がけ」や「マナー」を教え,子どもに考えさせる情報モラル教育でいいのだろうか。
SNSトラブルは,子どもたち側の心理的・行動的・発達的要因と,SNSやインターネットの特性が交錯する場で生じる。子どもたちのSNSに夢中な姿を,大人目線で「SNS依存だ」と不安がる前に,なぜ児童生徒がこんなにもSNSに没頭するのか,そこで具体的に何を行っているのか実態と背景をエビデンスとして把握し,教育実践の計画・実施につなげることが必要であると思われる。
そこで,本発表は,自身の実証的検討および国内外の研究成果をもとに,子ども目線から見たSNS利用の実態,その背景となる動機等の心理面について共通理解していただく「プレ・シンポジウム」としての役割を担うものとする。そして,情報モラル教育等の教育実践における留意点を,発達的な差異を着眼点として考えていきたい。
モラルエージェントの活性化は「ネットいじめ」を低減するか
西野泰代
内閣府による調査(2017)では,小学生27.0%,中学生51.7%,高校生94.8%がスマートフォンを利用しており,中高生では1日の中でスマートフォンの平均利用時間が2時間を超えるという状況の中,「ネットいじめ(cyber bullying)」は,ネット機器を用いた「いじめ」として出現した。文部科学省の調査(2016)では,高校生が経験したいじめ被害のうち,最も認知件数が多かった「冷やかしやからかい,悪口や脅し文句,嫌なことを言われる」(61.3%)に次いで,「パソコンや携帯電話等で,誹謗・中傷や嫌なことをされる」が全体の18.7%を占めて2番目に高い数値であることが報告されており,ネットいじめの抑止について有効な予防や対応の策を講ずることは子どもたちの健全な発達を支援するうえで重要な課題となっている。
森田(2010)は,対面上でおこなわれる「従来のいじめ(traditional bullying)」と比較して,ネットいじめについて,インターネットの特性が強力なパワー資源として機能することで被害者を予想以上に追い込む危険性を指摘した。また,Espelage, Rao, & Craven(2013)は,ネット上という閉鎖的空間において通常の対面上ではおこなわれないような(卑劣で残虐な)逸脱行為がおこなわれやすい背景に,いくつかの脱抑制効果がある可能性を示唆した。
一方で,多くの子どもがいじめに対して否定的な考えを持ちながら,実際のいじめ場面で被害者を助けようとする子どもは稀だったという報告(Rigby & Johnson, 2006)もあり,子どもの周囲には個人の内的自己制御の機能を一時的に抑止させるような状況要因が存在する可能性が考えられる。子どもたちそれぞれが規範意識を持っていても,ある状況下でそれが活性化されないとしたら,それに対してどのような対策を講ずることが可能であろうか。
2018年度からの道徳の教科化に向けて「考え,議論する」道徳教育が模索されているが,本シンポジウムでは,ネット上でのいじめ場面で子どもたちひとり一人の持つ「モラル」がいじめ抑止につながるために何が必要かについて実証データを基に議論したい。
なお,今回の報告は,日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)[課題番号:26380913]により実施された調査内容を含む。
ネット上のトラブルに対する予防教育を導入・実践・定着させるためには―高校で行ったSSTの実践例から―
原田恵理子
ネットいじめやトラブルを予防するための情報モラル教育は,情報社会に生きる子どもにとっては必須であろう。その教育については,対面上とネット上のコミュニケーションをバランスよく育むことが重要であるとし(文部科学省,2009;原田,2014),様々なプログラムが開発されている。また現在では,多くの学校で民間講演や授業が行われているが,単発あるいは対処的対応として実施されている場合も少なくない。
しかし,予防教育ということで考えると,学校教育全体の取り組みとして十分な検討がなされて行われる必要があろう。つまりは,学校教育目標にあわせて教育課程に位置づけ,さらには誰が中心となって予防教育の年間計画及び授業内容(プログラム開発)を行い,どのような教員研修をして授業の工夫や準備をするのか,そして授業評価をした後にその結果をどのように活かすのかといったことが重要になってくるのである。
たとえば予防教育の手立ての一つとしてソーシャルスキルトレーニング(Social skills training,以下SST)がある(原田,2015;本田,2016)がなされてきているが,この点についてまでは言及されていない。そのため,予防教育として学校で実施するとき,その実践が継続で行われ,たとえ教員が異動等で変わったとしても定着していくことが検証される必要がある。要するに,その学校に実践が定着されていくための,学校組織及び支援体制の構築が重要になってくるのではないだろうかと考えられる。
そこで,本発表では,継続して8年目の公立高等学校を取り上げ,道徳の授業で実施したネット上と対面上のコミュニケーションのどちらも取り入れたネットいじめの予防を目的としたSSTのプログラムがどのようなプロセスを経て定着してきたのか,その変遷を報告する。特に,組織・支援体制,実践のための教員研修,評価に着目し,予防教育としてのSSTが学校に定着していくためには何が重要な事柄であるのかについて,その知見に関する考察を深めたいと考えている。
情報化社会の発展とともに,インターネット利用をめぐる子どもたちのトラブルが急増し,その対応として,学校教育でも情報モラルに対する指導が導入された。本年度より開始される道徳の教科化においても重点的なポイントとして取り扱われている。しかし,インターネットや情報機器に対する苦手意識を持っていたり,自分自身がインターネットを利用しないためにネットやSNSにハマる子どもの気持ちがわからず,どのように教育実践を行えばよいのか迷っている教師も少なくない。このような教師の迷いや悩みを周囲が軽視すれば,情報モラル教育は,子ども理解が不十分なままに「~しなければならない」「~してはならない」とマナーが教授されるだけの表面的で内実を伴わない実践に陥りかねない。
わが国で情報化元年と謳われたのは1995年のことである。いまや児童生徒のコミュニケーションに不可欠となったSNSは,2003年のFacebook(フェイスブック)に端を発し,2006年Twitter(ツイッター),2010年Instagram(インスタグラム),2011年LINE(ライン)が次々と開発され,現在では児童生徒誰もが日常的に利用できるものになった。昨今,エビデンス(客観的な根拠,一般的には実証的な研究成果)に基づく教育の必要性が示唆されているが,子どものインターネット利用をめぐっては,急速な変化の渦中にある上に,誰もがインターネットを利用する現状は出現したばかりであることから,教育心理学的観点の実証的知見が圧倒的に不足している。特に,学校教育に必要な子どもの発達との関連性や,汎用性の高い実践例などに関するエビデンスの提供と,それに基づく教師と研究者の議論が求められていると言えよう。
それに加え,教師が苦手意識をもちやすい情報モラル教育に関するエビデンスの提供においては,教師のエンパワーメントという側面がより重視されなければならないであろう。海外では,教師等のエビデンスを活用する実践者と研究者等のエビデンス提供者との間に仲介機関が存在し,エビデンスの評価や推薦に加え,実務的な活用のためのガイドなども示すという(岩崎,2017など)。仲介機関が存在しない現時点のわが国において,極めて多忙な教師がエビデンスを教育実践に活かしていくためには,研究者側が教師の意見やニーズを大いに取り入れながらエビデンスを提供する等の工夫を行うことで,仲介機関の役割を代替することが必要ではないだろうか。
企画者は,数年来にわたり,小学生,中学生,高校生を対象に,インターネット,中でもSNSの利用におけるトラブルやいじめに関して実証的・理論的検討を重ね,教育現場における実践を協働的に行ってきた。本シンポジウムでは,それぞれの関心に基づく児童生徒のインターネットトラブルや介入等に関する最新の研究成果を紹介する。そして,それらの知見をどのように情報モラル教育の授業や生徒指導,教育相談等に活かしていくことができるか,それぞれの立場から提案を行い,学校教育の豊富な経験と知識をもつ指定討論者やフロアとの活発な討論につなげたい。
児童生徒のSNS利用に関する大人と子どものギャップとその背景―情報モラル教育を始める前に知っておきたいこと―
若本純子
なぜ多くの児童生徒が「依存」と言われるほどスマートフォンを手放せないのか,なぜ軽はずみにSNSに個人情報満載の画像を投稿してしまうのか不思議に思ったことはないだろうか。凄惨な事件にSNSが関与したという報道を目にして,スマートフォンを禁止しなければ子どもの安全を守れないと不安になったことはないだろうか。
その一方で,ティーンエイジャー(中高生)は,思春期・青年期特有の「親しい友人と楽しいおしゃべりを続けたい」との思いからSNSに没頭しているだけなのに,なぜ大人が過剰な拒否反応を示すことに戸惑っているという(ボイド2014,野中訳2014)。このようにSNSやインターネットの利用をめぐっては,大人と子どもの間の考え方・捉え方のギャップが顕著である。そこに目を向けないまま,いわゆる道徳的な枠組みでSNS利用の際の「心がけ」や「マナー」を教え,子どもに考えさせる情報モラル教育でいいのだろうか。
SNSトラブルは,子どもたち側の心理的・行動的・発達的要因と,SNSやインターネットの特性が交錯する場で生じる。子どもたちのSNSに夢中な姿を,大人目線で「SNS依存だ」と不安がる前に,なぜ児童生徒がこんなにもSNSに没頭するのか,そこで具体的に何を行っているのか実態と背景をエビデンスとして把握し,教育実践の計画・実施につなげることが必要であると思われる。
そこで,本発表は,自身の実証的検討および国内外の研究成果をもとに,子ども目線から見たSNS利用の実態,その背景となる動機等の心理面について共通理解していただく「プレ・シンポジウム」としての役割を担うものとする。そして,情報モラル教育等の教育実践における留意点を,発達的な差異を着眼点として考えていきたい。
モラルエージェントの活性化は「ネットいじめ」を低減するか
西野泰代
内閣府による調査(2017)では,小学生27.0%,中学生51.7%,高校生94.8%がスマートフォンを利用しており,中高生では1日の中でスマートフォンの平均利用時間が2時間を超えるという状況の中,「ネットいじめ(cyber bullying)」は,ネット機器を用いた「いじめ」として出現した。文部科学省の調査(2016)では,高校生が経験したいじめ被害のうち,最も認知件数が多かった「冷やかしやからかい,悪口や脅し文句,嫌なことを言われる」(61.3%)に次いで,「パソコンや携帯電話等で,誹謗・中傷や嫌なことをされる」が全体の18.7%を占めて2番目に高い数値であることが報告されており,ネットいじめの抑止について有効な予防や対応の策を講ずることは子どもたちの健全な発達を支援するうえで重要な課題となっている。
森田(2010)は,対面上でおこなわれる「従来のいじめ(traditional bullying)」と比較して,ネットいじめについて,インターネットの特性が強力なパワー資源として機能することで被害者を予想以上に追い込む危険性を指摘した。また,Espelage, Rao, & Craven(2013)は,ネット上という閉鎖的空間において通常の対面上ではおこなわれないような(卑劣で残虐な)逸脱行為がおこなわれやすい背景に,いくつかの脱抑制効果がある可能性を示唆した。
一方で,多くの子どもがいじめに対して否定的な考えを持ちながら,実際のいじめ場面で被害者を助けようとする子どもは稀だったという報告(Rigby & Johnson, 2006)もあり,子どもの周囲には個人の内的自己制御の機能を一時的に抑止させるような状況要因が存在する可能性が考えられる。子どもたちそれぞれが規範意識を持っていても,ある状況下でそれが活性化されないとしたら,それに対してどのような対策を講ずることが可能であろうか。
2018年度からの道徳の教科化に向けて「考え,議論する」道徳教育が模索されているが,本シンポジウムでは,ネット上でのいじめ場面で子どもたちひとり一人の持つ「モラル」がいじめ抑止につながるために何が必要かについて実証データを基に議論したい。
なお,今回の報告は,日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)[課題番号:26380913]により実施された調査内容を含む。
ネット上のトラブルに対する予防教育を導入・実践・定着させるためには―高校で行ったSSTの実践例から―
原田恵理子
ネットいじめやトラブルを予防するための情報モラル教育は,情報社会に生きる子どもにとっては必須であろう。その教育については,対面上とネット上のコミュニケーションをバランスよく育むことが重要であるとし(文部科学省,2009;原田,2014),様々なプログラムが開発されている。また現在では,多くの学校で民間講演や授業が行われているが,単発あるいは対処的対応として実施されている場合も少なくない。
しかし,予防教育ということで考えると,学校教育全体の取り組みとして十分な検討がなされて行われる必要があろう。つまりは,学校教育目標にあわせて教育課程に位置づけ,さらには誰が中心となって予防教育の年間計画及び授業内容(プログラム開発)を行い,どのような教員研修をして授業の工夫や準備をするのか,そして授業評価をした後にその結果をどのように活かすのかといったことが重要になってくるのである。
たとえば予防教育の手立ての一つとしてソーシャルスキルトレーニング(Social skills training,以下SST)がある(原田,2015;本田,2016)がなされてきているが,この点についてまでは言及されていない。そのため,予防教育として学校で実施するとき,その実践が継続で行われ,たとえ教員が異動等で変わったとしても定着していくことが検証される必要がある。要するに,その学校に実践が定着されていくための,学校組織及び支援体制の構築が重要になってくるのではないだろうかと考えられる。
そこで,本発表では,継続して8年目の公立高等学校を取り上げ,道徳の授業で実施したネット上と対面上のコミュニケーションのどちらも取り入れたネットいじめの予防を目的としたSSTのプログラムがどのようなプロセスを経て定着してきたのか,その変遷を報告する。特に,組織・支援体制,実践のための教員研修,評価に着目し,予防教育としてのSSTが学校に定着していくためには何が重要な事柄であるのかについて,その知見に関する考察を深めたいと考えている。