[JF06] 「主体的・対話的で深い学び」を実現する教師の学び
教師の指導力を高める教員養成・研修の実践研究
Keywords:「主体的・対話的で深い学び」、教員養成、教員研修
企画趣旨
2020年度より順次全面実施が予定されている新しい学習指導要領では,「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善に基づき,児童生徒の資質・能力を育成することが目指されている(文部科学省,2017)。しかし,この目標を質の高い次元で実現するには,日々の授業を担う教師の豊かな学習指導力を担保することが不可欠である。こうした課題意識を踏まえ,本シンポジウムでは,「主体的・対話的で深い学びを支える教師の学習 指導力をどのように高められるか?」という問いを設定する。
教師の学習指導力については,これまで教師教育学の領域を中心に知見が蓄積されており,例えば Shulman(1986)によって教師が特有に持つ知識としてPedagogical Content Knowledge(PCK)が提唱されている。PCKはある教科内容を指導するための知識であり,「説明のための知識」と「子どもの知識」がその主要な要素とされてきた(近年のレビューとしてDepaepe et al., 2013)。しかし,これらの要素は,誤解を恐れず単純化すれば,「子どもの誤解を踏まえ」「分かりやすく教える」指導力に対応するもので,「教師の一斉指導を通じて教科知識を教える」という教師像が暗黙的に想定されていたように思える。
新しい学習指導要領の目標を実現するためには,主体的・対話的で深い学びを通じて,教科知識に加え,児童生徒の教科横断的な資質・能力を涵養する指導力が重要となるだろう。こうした課題意識を踏まえ,本シンポジウムでは,認知心理学を基盤としながら,自ら実践を行ったり実践に積極的に関与したりするアプローチによって行われた3つの実践研究を話題として,新しい学習指導要領の目標の実現に求められる教員養成,教員研修のあり方を議論したい。
深い学びについての教師の認識を深める「意味理解ワークショップ」の実践
福田麻莉・太田絵梨子・柴 里実
本発表では,学校の教員および教育養成課程の学生を対象に,「深い学び」についての認識を深めることを目的として行った「意味理解ワークショップ」の実践を紹介する。新学習指導要領が実施されるにあたり,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を行うことが教師にとって今後大きな課題となる。しかし,現場の教師からは「そもそも深い学びとは一体何を指すのか」といった疑問の声が聞かれることも少なくない。
学習指導要領解説(文部科学省, 2018)を見ると,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて充実すべき学習の一つとして,「知識を相互に関連づけてより深く理解すること」が挙げられている。「知識の関連づけ」を深い学びとして捉える視点は,認知心理学の考えと一致するものである。しかし,それ自体が抽象的な概念であるため,心理学の専門家でない教師にとっては捉えづらく,「この授業で児童・生徒に理解させるべき『知識の関連づけ』とは何か」を学習内容に即して考えることには困難が伴うと考えられる。そのため,まずは「深い学び」に対する教師の認識を深め,自らの授業改善の視点として活かせるようにすることが急務であろう。
そこで筆者らは,「深い学び」についての認識を深めることを目的とした意味理解ワークショップを開発し,これまで地域の教育センターや公立小学校,中学校,大学において,教師や教員養成課程の学生に対して実践を行ってきた。ワークショップでは,まず「深い学び」を教師にも分かりやすい表現に置き換えた上で教授し,その後,数学や理科などの3つの題材について,「この学習内容における深い学びとは何か」といった問いへの回答をグループで考えるよう求めた。発表では,ワークショップの中でどのような議論が行われたのか,また参加者にどのような変化が生じたのかを紹介する。また,「深い学び」に対する教師の認識の深まりを妨げる要因は何か,またワークショップで深まった「深い学び」に対する認識はどのようにして授業改善に生かされうるかという点について議論したい。
認知カウンセリングを通じた教員志望学生の指導力向上
深谷達史
本発表では,教員養成課程の大学生が地域の児童生徒に認知カウンセリングを行う実践について報告する。認知カウンセリングとは,学習に悩みを持つ者を対象に,認知心理学の発想や知見を生かして,個別的な相談を行う活動である(市川,1993)。もともとは,実践的な研究活動として始まったことから,主に研究者や大学院生,学校教員が指導にあたることが多かったが(市川, 1993),発表者が所属する広島大学教育学研究科附属総合教育実践センターでは,小学校教師を目指す学生が,地域の小学生に認知カウンセリングを行う実習が開講されている。
認知カウンセリングは,「自立した学習者の育成」を目指すもので(市川, 1993),たとえば,学習内容を理解するとともに,分からないときにどうすればよいか分かるようになることが目指される。つまり,教科の意味理解を促すことに加え,効果的な学習方略やバランスのとれた学習観など,児童生徒の学ぶ力を養うことが目標となる。その意味で,認知カウンセリングは,まさに「深い学び」「主体的な学び」を指導する力量形成につながる活動だと考えられる。
ただし,これまで認知カウンセリングに取り組むことで,学習指導のどのような力量が涵養されるかは十分調べられてこなかった。そこで,発表者は,認知カウンセリング実習に参加した学生と参加していない学生を対象に,学習指導にかかわる知識を調べる調査を実施した。当実習では,各学期(前期・後期)1時間×10回程度の頻度で,主に小学4~6年生に対して学習相談が行われる。教科は児童の悩みに応じて決められるものの,7割程度は算数であったため,学習指導の知識を調べる調査も算数の内容を題材とした。
調査として,Hill et al.(2004)が開発した,算数のPCKを測定する選択式テストに加え,Fukaya & Uesaka(2018)で作成した自由記述式テストを用いた。後者のテストは,つまずきの診断や意味理解の説明,学習方略への働きかけを自ら行うかも含めて調べるもので,本研究の実践の効果を調べる指標として適切だと考えられた。当日の発表では,実践の様子とともに調査の結果を報告し,これからの教員養成のあり方を考察する一つの題材としたい。
国語を通じて国語を超えた領域横断的な力を育てる―公立小学校の実践とその変化プロセスから―
植阪友理
本発表では,ある公立小学校において行われている,国語の授業を通じて国語を超えた領域横断的な力を育てる試みについて紹介する。また,こうした授業は一朝一夕に実現されるようになったわけではない。どのようなプロセスで実現してきたのかを分析し,1事例ではあるが,教師の中に新たな視点が取り入れられるようになる過程を考察する。
この学校ではもともと,学力の2極化が大きな問題であった。2極化に対応し,学力の高い児童も低い児童にも楽しめる授業を保証しようという発想から,「学力が高い子どもが当たり前に分かっていることは先に丁寧に教えてあげよう」「その上で,より高い問題解決に集団で取り組ませる」といったことを重視する指導法が着目された。心理学的視点と,上述したような視点を併せ持つ授業法として「教えて考えさせる授業」が提案されており(市川, 2004, 2008),様々な教科で実践されている(市川•植阪, 2016)。この学校では,国語実践の前に2年間算数に取り組んでおり,この指導法そのものはある程度理解されていた。
本校でとりあげた国語は,「今日,何を学んだの?」と子どもに聞くと「ごんぎつね」という答えが返ってくるなど,とかく学んだことが子どもにも教師にも自覚されにくいという特徴がある。こうした中で「何を教えるべきなのか?」ということの戸惑いがあり,算数ではわかっていても当初はなかなかうまくいかず,もちろん「国語を通じて国語を超えた力を育てる」という発想になりにくかった。
この学校では,心理学者からのレクチャーを行うだけでなく,心理学者と一緒に授業実践を創るという活動を,2年間で約10回行った。実際に学習素材に即して「私ならばこのような切り口で授業をする」ということを出し合い,指導案を書き換えていった。また,各学年4クラス程であったため,研究授業に際しては事前授業も行って授業を設計していった。
その結果,上述したような「国語を通じて国語を超えた力を育てられたらうれしい」という心理学者が検討会の中で示してきた視点が,すべてではないものの第1指導案から現れるようになった。さらに,事前授業の中で,子どもの振り返りの記述などをふまえて,教師自身が自分の実践を見つめなおし,国語以外にも使える発想を身につけることを志向した授業へと改良を加えていく事例もみられた。また,こうしたことが可能になった背景として,「児童のつまずきは何かを意識して授業設計する」という視点が内化したためだという話が聞かれた。当日の話題提供では,教師へのインタビューなども交えながら,この学校での実践について詳しく紹介する。
2020年度より順次全面実施が予定されている新しい学習指導要領では,「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善に基づき,児童生徒の資質・能力を育成することが目指されている(文部科学省,2017)。しかし,この目標を質の高い次元で実現するには,日々の授業を担う教師の豊かな学習指導力を担保することが不可欠である。こうした課題意識を踏まえ,本シンポジウムでは,「主体的・対話的で深い学びを支える教師の学習 指導力をどのように高められるか?」という問いを設定する。
教師の学習指導力については,これまで教師教育学の領域を中心に知見が蓄積されており,例えば Shulman(1986)によって教師が特有に持つ知識としてPedagogical Content Knowledge(PCK)が提唱されている。PCKはある教科内容を指導するための知識であり,「説明のための知識」と「子どもの知識」がその主要な要素とされてきた(近年のレビューとしてDepaepe et al., 2013)。しかし,これらの要素は,誤解を恐れず単純化すれば,「子どもの誤解を踏まえ」「分かりやすく教える」指導力に対応するもので,「教師の一斉指導を通じて教科知識を教える」という教師像が暗黙的に想定されていたように思える。
新しい学習指導要領の目標を実現するためには,主体的・対話的で深い学びを通じて,教科知識に加え,児童生徒の教科横断的な資質・能力を涵養する指導力が重要となるだろう。こうした課題意識を踏まえ,本シンポジウムでは,認知心理学を基盤としながら,自ら実践を行ったり実践に積極的に関与したりするアプローチによって行われた3つの実践研究を話題として,新しい学習指導要領の目標の実現に求められる教員養成,教員研修のあり方を議論したい。
深い学びについての教師の認識を深める「意味理解ワークショップ」の実践
福田麻莉・太田絵梨子・柴 里実
本発表では,学校の教員および教育養成課程の学生を対象に,「深い学び」についての認識を深めることを目的として行った「意味理解ワークショップ」の実践を紹介する。新学習指導要領が実施されるにあたり,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を行うことが教師にとって今後大きな課題となる。しかし,現場の教師からは「そもそも深い学びとは一体何を指すのか」といった疑問の声が聞かれることも少なくない。
学習指導要領解説(文部科学省, 2018)を見ると,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて充実すべき学習の一つとして,「知識を相互に関連づけてより深く理解すること」が挙げられている。「知識の関連づけ」を深い学びとして捉える視点は,認知心理学の考えと一致するものである。しかし,それ自体が抽象的な概念であるため,心理学の専門家でない教師にとっては捉えづらく,「この授業で児童・生徒に理解させるべき『知識の関連づけ』とは何か」を学習内容に即して考えることには困難が伴うと考えられる。そのため,まずは「深い学び」に対する教師の認識を深め,自らの授業改善の視点として活かせるようにすることが急務であろう。
そこで筆者らは,「深い学び」についての認識を深めることを目的とした意味理解ワークショップを開発し,これまで地域の教育センターや公立小学校,中学校,大学において,教師や教員養成課程の学生に対して実践を行ってきた。ワークショップでは,まず「深い学び」を教師にも分かりやすい表現に置き換えた上で教授し,その後,数学や理科などの3つの題材について,「この学習内容における深い学びとは何か」といった問いへの回答をグループで考えるよう求めた。発表では,ワークショップの中でどのような議論が行われたのか,また参加者にどのような変化が生じたのかを紹介する。また,「深い学び」に対する教師の認識の深まりを妨げる要因は何か,またワークショップで深まった「深い学び」に対する認識はどのようにして授業改善に生かされうるかという点について議論したい。
認知カウンセリングを通じた教員志望学生の指導力向上
深谷達史
本発表では,教員養成課程の大学生が地域の児童生徒に認知カウンセリングを行う実践について報告する。認知カウンセリングとは,学習に悩みを持つ者を対象に,認知心理学の発想や知見を生かして,個別的な相談を行う活動である(市川,1993)。もともとは,実践的な研究活動として始まったことから,主に研究者や大学院生,学校教員が指導にあたることが多かったが(市川, 1993),発表者が所属する広島大学教育学研究科附属総合教育実践センターでは,小学校教師を目指す学生が,地域の小学生に認知カウンセリングを行う実習が開講されている。
認知カウンセリングは,「自立した学習者の育成」を目指すもので(市川, 1993),たとえば,学習内容を理解するとともに,分からないときにどうすればよいか分かるようになることが目指される。つまり,教科の意味理解を促すことに加え,効果的な学習方略やバランスのとれた学習観など,児童生徒の学ぶ力を養うことが目標となる。その意味で,認知カウンセリングは,まさに「深い学び」「主体的な学び」を指導する力量形成につながる活動だと考えられる。
ただし,これまで認知カウンセリングに取り組むことで,学習指導のどのような力量が涵養されるかは十分調べられてこなかった。そこで,発表者は,認知カウンセリング実習に参加した学生と参加していない学生を対象に,学習指導にかかわる知識を調べる調査を実施した。当実習では,各学期(前期・後期)1時間×10回程度の頻度で,主に小学4~6年生に対して学習相談が行われる。教科は児童の悩みに応じて決められるものの,7割程度は算数であったため,学習指導の知識を調べる調査も算数の内容を題材とした。
調査として,Hill et al.(2004)が開発した,算数のPCKを測定する選択式テストに加え,Fukaya & Uesaka(2018)で作成した自由記述式テストを用いた。後者のテストは,つまずきの診断や意味理解の説明,学習方略への働きかけを自ら行うかも含めて調べるもので,本研究の実践の効果を調べる指標として適切だと考えられた。当日の発表では,実践の様子とともに調査の結果を報告し,これからの教員養成のあり方を考察する一つの題材としたい。
国語を通じて国語を超えた領域横断的な力を育てる―公立小学校の実践とその変化プロセスから―
植阪友理
本発表では,ある公立小学校において行われている,国語の授業を通じて国語を超えた領域横断的な力を育てる試みについて紹介する。また,こうした授業は一朝一夕に実現されるようになったわけではない。どのようなプロセスで実現してきたのかを分析し,1事例ではあるが,教師の中に新たな視点が取り入れられるようになる過程を考察する。
この学校ではもともと,学力の2極化が大きな問題であった。2極化に対応し,学力の高い児童も低い児童にも楽しめる授業を保証しようという発想から,「学力が高い子どもが当たり前に分かっていることは先に丁寧に教えてあげよう」「その上で,より高い問題解決に集団で取り組ませる」といったことを重視する指導法が着目された。心理学的視点と,上述したような視点を併せ持つ授業法として「教えて考えさせる授業」が提案されており(市川, 2004, 2008),様々な教科で実践されている(市川•植阪, 2016)。この学校では,国語実践の前に2年間算数に取り組んでおり,この指導法そのものはある程度理解されていた。
本校でとりあげた国語は,「今日,何を学んだの?」と子どもに聞くと「ごんぎつね」という答えが返ってくるなど,とかく学んだことが子どもにも教師にも自覚されにくいという特徴がある。こうした中で「何を教えるべきなのか?」ということの戸惑いがあり,算数ではわかっていても当初はなかなかうまくいかず,もちろん「国語を通じて国語を超えた力を育てる」という発想になりにくかった。
この学校では,心理学者からのレクチャーを行うだけでなく,心理学者と一緒に授業実践を創るという活動を,2年間で約10回行った。実際に学習素材に即して「私ならばこのような切り口で授業をする」ということを出し合い,指導案を書き換えていった。また,各学年4クラス程であったため,研究授業に際しては事前授業も行って授業を設計していった。
その結果,上述したような「国語を通じて国語を超えた力を育てられたらうれしい」という心理学者が検討会の中で示してきた視点が,すべてではないものの第1指導案から現れるようになった。さらに,事前授業の中で,子どもの振り返りの記述などをふまえて,教師自身が自分の実践を見つめなおし,国語以外にも使える発想を身につけることを志向した授業へと改良を加えていく事例もみられた。また,こうしたことが可能になった背景として,「児童のつまずきは何かを意識して授業設計する」という視点が内化したためだという話が聞かれた。当日の話題提供では,教師へのインタビューなども交えながら,この学校での実践について詳しく紹介する。