日本地質学会第129年学術大会

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シンポジウム

S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

[2oral213-27] S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

2022年9月5日(月) 13:30 〜 17:45 口頭第2会場 (14号館101教室)

座長:磯崎 行雄(東京大学)、川幡 穂高(早稲田大学理工学術院,東京大学大気海洋研究所 )、黒柳 あずみ(東北大学)

13:30 〜 13:45

[S2-O-1] 現代,人新世の環境の地質学における位置付けー地球科学は社会に貢献できるかー

*川幡 穂高1 (1. 早稲田大学理工学術院,東京大学大気海洋研究所 )

キーワード:人新世、地質年代境界、海洋酸性化、二酸化炭素、地球温暖化

人類は現在78億人となり,地球の隅々までホモ・サピエンスであふれるようになった.人類は地球上のバイオマス量のわずか0.01%を占めるのみだが,人工物を作り続けてきた.その結果,その総重量は2020年に地球上のバイオマス総重量を超えた.20年後には倍になると推定されている.
 地球表層環境システムには緩衝機能が備わっている.しかし,人間活動がその閾値に近づいたために,その機能が発揮できない場面が顕著になりつつある.その代表的事例が人為起源の二酸化炭素放出に伴う「双子の悪魔」と呼ばれる脅威である.これまで地球表層環境に放出された人為起源二酸化炭素の約70%が大気中に残存し地球温暖化がもたらされ,約30%が海水中に吸収され,今世紀後半に海洋酸性化が顕在化する見通しである.すなわち,大気中の二酸化炭素濃度(pCO2)が>550ppmとなると炭酸塩に不飽和の海水が極域に出現し,同海域の生物起源炭酸塩が溶解する事態となる.
 一方,白亜紀のpCO2は現在の2倍以上の>1,000ppmであったが,フランスやイタリアや世界の大洋で,石灰岩が大量に堆積した.この事実はpCO2が海洋酸性化の第一要因でないことを示している.陸地の風化によるアルカリ度の供給による「海水の中和」は地球環境の代表的緩衝機能である (Yamamura et al., 2007).しかし,これが機能するには数十万年以上の持続時間が必要となる.
 逆に,5500万年前の暁新世/始新世(P/E)境界には深刻な海洋酸性化が起こり,深海底に生息する底棲有孔虫の約半分が絶滅した.原因は,メタンハイドレートの大規模崩壊の可能性が高い.大気中でも海水中でも酸素存在下ではメタンは数年以内に二酸化炭素となる.当時のハイドレート崩壊は約1万年間継続し,大量の二酸化炭素が地球表層環境に放出された.この二酸化炭素流量は現代の人為起源の放出速度の1/30程度だったので,当時の1万年間は現代の300年間に相当する.
 P/E境界や現代(人新世)の場合には,二酸化炭素が環境に放出される流量があまりに高いので,大陸の化学風化で海水を中和できない.地球惑星科学の観点より考察すると,海洋酸性化の最重要支配因子は高pCO2ではなく,環境変化速度であると結論できる.「現代の地球環境の最大の問題は速すぎる変化速度である」と一般化できる事象が他にもある.
 今後の酸性化の推定をわかりやすく理解するために,P/E境界の堆積物カラムに将来の推定状況を対比して示す(図参照).2050年前後に南極や北極海域の一部に炭酸塩に不飽和の海水が出現する.これらの海水は密度が高いので2100年に深海に沈みこみ,海底の堆積物の溶解が始まる.太平洋では,底層水は北進し,炭酸塩の溶解が進行する.「カーボンニュートラル2050」が実施されても,途上国での化石燃料は増大し,2050年には現在より消費が増加するという現実的で説得力のある予測がある.海洋酸性化は,脱炭素社会が確立されれば,炭酸塩含有量が低下するものの図中の薄茶色の状態で停止する.しかし,脱炭素化に失敗すれば,炭酸塩はすべて溶解し,堆積物は暗黒色の状態に到達する.
 IPCCによれば,現在より平均気温がさらに0.9℃上昇すると,2100年にはサンゴ礁生態系の99%が地球上より消失する.人新世の環境は人類にとって初体験なので,人新世の社会がどこに向かうのかを予測することは難しい.研究者はその専門性を生かして,さまざまな条件に対応して未来を推定することができる.国民あるいは全人類が最終判断をくだす時に役立つよう,その推定シナリオを社会に提示することが研究者の使命と考える.

引用文献:Yamamura, M. et al. (2007) Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 254, 477-491.
Kawahata, H. et al. (2015) Island Arc, doi:10.1111/iar.12106.
川幡穂高(2022)学術の動向,27巻2,26-30.