日本地質学会第129年学術大会

講演情報

シンポジウム

S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

[2oral213-27] S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

2022年9月5日(月) 13:30 〜 17:45 口頭第2会場 (14号館101教室)

座長:磯崎 行雄(東京大学)、川幡 穂高(早稲田大学理工学術院,東京大学大気海洋研究所 )、黒柳 あずみ(東北大学)

14:00 〜 14:15

[S2-O-3] 現代と将来社会への地質学の貢献:災害研究の視点から

*後藤 和久1 (1. 東京大学)

キーワード:災害、境界

地球科学的には,災害は大気圏や海洋圏等で発生した自然現象が,人間圏の一部または全体に及ぼす影響と捉えることができる.そのため,明確に定義されているわけではないものの,災害研究の対象は本質的には人間圏の成立以降に限られる.
災害を議論する際に,英語ではハザード(hazard:災害を引き起こしうる自然現象を指し,その大きさを外力とも呼ぶ)とディザスター(disaster:ハザードが発生した結果として生じる被害(災害))を使い分けるが,日本語ではこのような明確な用語の区別はない.ハザードの理解は災害研究の根幹をなしており,過去の事象の理解が不可欠であるから,歴史学や考古学等とともに地質学が大きく貢献できる部分である.災害研究の主たる対象範囲が人間圏の成立以降だとしても,ハザードはそれ以前から地球史を通じて繰り返し発生しており,将来にわたって発生する可能性もあることから,地質時代にまで遡ってハザードの理解を深めることが重要である.一方でディザスターは,ハザードの規模だけではなく,それを受ける人間社会の脆弱性も考慮する必要がある.ハザード自体の発生は制御できなくても,対象となるハザードを適切に理解して対策を講じ,人間社会の側の脆弱性を低減させることができれば全体の被害を軽減できる.ここに,工学や社会学あるいは行政の役割がある.
ここで防災の考え方をもう少し深めたい.ハザードは,一般的には規模が大きいものほど発生頻度は低くなる.河田(2003)によれば,ある規模・頻度のハザードを計画外力として防災上は設定し,それに対しては被害抑止を目的とした様々な施策が講じられる.しかしながら,それを上回る規模のハザードの発生は低頻度ながら否定できず,これらに対しては防災教育等を行って被害軽減を図ることになる.ただし,それをも上回る巨大ハザードが発生する可能性も否定できず,河田(2003)はこれを“防災の限界”としている.このように,防災の観点からは小規模かつ高頻度のハザードの側に基点が定められ,段階を追って対応策が定められる.そして,ハザードに対し,いくつかの境界線を設定することで,防災が成り立っていることがわかる.さて,この考え方で問題となるのは,どの規模のハザードまでを想定し,対策の対象とするのかという点である.特に2011年東日本大震災以降,計画外力や防災の限界と考えていたハザード規模の設定を全体的に引き上げる動きがみられる.ただし,どのような種類と規模のハザードが,どの程度の確率で起きうるのかを高い精度で把握できているとは言いがたく,また “防災の限界”として扱うハザード規模についてもコンセンサスが得られているわけでもない.ここに,地質学が担うべき役割があると考えている.
地質学は,地球史の全体像を数億年や数千万年など様々に時間スケールを変化させて把握しつつ,特定の気候・環境変動やイベントに注目して,さらに時間・空間解像度を高めて事象をより詳しく理解しようとする.これは,高頻度から低頻度の順にハザードを評価する防災的思考とは逆の考え方とも言える.全球凍結や巨大隕石衝突等,一般には防災の対象としないような超巨大かつ低頻度のハザードを含む,地球上で起きうるあらゆる規模・頻度のハザードを認識できる可能性があることは,災害研究における地質学の強みであると言える.そのため,近い将来に現実的に起きうるハザードを含め規模・頻度ともに高精度で予測することで,防災対策にも大きく貢献できると考えられる.ただし,高精度の予測が十分に行えているとは言いがたく,さらなる知見の集積や技術開発が不可欠である.

引用
河田惠昭:防災学講座,第4巻,40(2003)