日本地質学会第130年学術大会

講演情報

セッション口頭発表

T2[トピック]変成岩とテクトニクス【EDI】

[2oral105-12] T2[トピック]変成岩とテクトニクス【EDI】

2023年9月18日(月) 10:00 〜 12:00 口頭第1会場 (4共11:吉田南4号館)

座長:北野 一平(北海道大学総合博物館)、中嶋 徹(日本原子力研究開発機構東濃地科学センター)

10:30 〜 10:45

[T2-O-3] 藍晶石中に認められる負の残留圧力を保持する石英の評価:スロベニア・ポホリェ山地に産する泥質片麻岩の例

*田口 知樹1、小林 記之2 (1. 早稲田大学、2. 名古屋学院大学)

キーワード:負の残留圧力、ラマン地質圧力計、藍晶石、石英、泥質片麻岩

変成作用下で成長した高剛性のホスト鉱物とその内部に取り込まれた包有物の間には、岩石上昇期における鉱物の体積変化の違いを反映した残留圧力が発生する。例えば、ザクロ石に包有された石英は、圧縮応力下で正の残留圧力、引張応力下では負の残留圧力を保持する(Kouketsu et al., 2014 Am. Mineral.)。包有物が保持する残留圧力値はラマンスペクトルのピークシフト量から算出することが可能であり、岩石の変成条件を見積もる手法としてラマン地質温度圧力計の開発や較正も進展している(e.g. Kohn et al., 2023 Annu. Rev. Earth Planet. Sci.)。特にザクロ石―石英系のラマン地質圧力計は、その適用可能な鉱物組み合わせが変成岩でよく認められるため、変成作用解析の汎用的な手法と評価されている。さらに最近では、藍晶石―石英系のラマン地質圧力計(Tomioka et al., 2022 Can. Mineral.)も提案され、ザクロ石を欠く変成岩や藍晶石を含む様々な高度変成岩の変成履歴解析に有用と考えられている。本研究ではスロベニア北東部ポホリェ山地に産出する泥質片麻岩に対し、藍晶石―石英ラマン地質圧力計を適用した結果、負の残留圧力を示す石英包有物を見出したので、そのラマン分光学的特徴および岩石学的意義について報告する。
 ポホリェ山地は東アルプスに位置し、超高圧変成作用を経験した泥質片麻岩やエクロジャイトが露出する。泥質片麻岩のザクロ石中には、超高圧条件を特徴づける微小ダイヤモンドに加え、モアッサナイト(SiC)包有物の存在も報告されている(Janák et al., 2015 J. Metamorph. Geol.)。当該地域における泥質片麻岩のピーク変成条件は、熱力学的解析に基づきP/T = >3.5 GPa /800–850 ℃と見積もられている(Janák et al., 2015 J. Metamorph. Geol.)。
 負の残留圧力を保持する石英包有物は、粗粒な藍晶石を含有する泥質片麻岩で確認された。本研究試料は、ポホリェ山地の超高圧変成ユニットで採取されたものであり、先行研究(Janák et al., 2015 J. Metamorph. Geol.)の泥質片麻岩と同様の変成履歴を経験したと考えられる。基質の主要鉱物組み合わせは石英+白雲母+黒雲母+斜長石+ザクロ石+藍晶石であり、副成分鉱物としてルチル+石墨+ジルコン+緑泥石が観察された。基質藍晶石は淡い藍色を呈し、その多くが他形的な斑状変晶として産する。また、藍晶石の中心部には包有物はほとんど認められず、縁辺部付近に限り石英包有物が密集する組織を示す。ラマン分光分析の結果、藍晶石中の石英包有物は幅広い負の残留圧力(−0.01 〜 −0.20 GPa程度; Δω1 = −0.1 〜 −3.8 cm−1に相当)を保持することが判明した。また、一部の石英包有物では、正の残留圧力(0.01 〜 0.10 GPa程度; Δω1 = 0.1 〜 2.2 cm−1に相当)を保持するものも確認された。岩石組織観察に基づくと、藍晶石内に石英が取り込まれた時期は、ピーク超高圧変成作用後の岩石上昇期に対応づけられる可能性が高い。近年、ポホリェ地域ではエクロジャイトや泥質片麻岩中のザクロ石に包有される石英包有物について、プログレード期に取り込まれたと解釈できる正の高残留圧力値が検出された(西ほか, 2023 地質学会講演要旨; Wannhoff et al., 2022 15th Emile Argand Alpine Workshop)。一方、本研究成果は藍晶石中の石英が正と負の残留圧力境界近傍で多く包有され、その際に高温環境が継続していたことを示唆する。一般に、負の残留圧力を示す石英は高温―超高温変成岩でよく認められる(e.g. Kouketsu et al., 2014 Am. Mineral.)。ポホリェ地域の泥質片麻岩はピーク超高圧変成作用後(P/T = >3.5 GPa /800–850 ℃)、上昇時に等温減圧の圧力温度経路を経験したと示唆されているが(Janák et al., 2015 J. Metamorph. Geol.)、本研究で見出された負の石英残留圧力の存在はこの解釈を支持する可能性が高い。