第21回日本救急看護学会学術集会

講演情報

パネルディスカッション

[PD1] 外傷初期看護は患者の命と生活をどう支えていくのか

2019年10月4日(金) 15:20 〜 17:20 第1会場 (2F コンベンションホールA)

座長:小池 伸享(前橋赤十字病院), 笠原 真弓(浜松医療センター 看護部)

[PD1-5] 外傷初期診療の今後の展望

松田 潔 (日本医科大学武蔵小杉病院 救命救急センター救命救急科)

2018年の24時間以内交通事故死者数は3,532人で、1948年の統計開始以降もっとも少ない人数となった。1970年の16,765人をピークに、過去20年間は毎年減少を続けている。また、救急医療の発達によって24時間以上生存しているだけで死者数はあまり減少していないという意見があるが、2018年の30日以内死者数は4,166人、1年以内死者数は2017年で4,863人と、どちらも24時間以内死者数と同様に減少傾向を示している。わが国の交通事故死者数が減少しているということは紛れもない事実である。死者数減少にわが国の外傷初期診療の進歩が貢献していることも事実と思うが、最大の原因は自動車車両の安全性向上や交通環境整備に伴って重症外傷患者が減少していることであると思われる。

 この傾向は歓迎すべきことであるが、外傷初期診療を行う現場では、重症外傷に接する機会の減少を招き、医療スタッフの外傷初期診療経験を減らして診療の質を下げることが懸念されている。この対策の一助として考えられた模擬診療教育プログラムがJATECであり、JNTECである。また、外傷症例数の確保の一策として重症外傷症例の集約化、すなわち外傷センター構想が議論されている。横浜市では9施設ある救命救急センターのうち2施設を外傷センターとして指定し運用している。しかし、その他の地域では地域内の問題、特に地方にあっては搬送時間の問題があって外傷センターの運営は難しいのが現状である。ドクターヘリやドクターカーの運用により医療圏を拡大して外傷症例を集約化することが現実的な方策である。また、重症度にこだわらずに外傷症例を幅広く受け入れることによって、外傷症例数を確保する試みも行われている。今後、外傷専門医が重症外傷に特化せず広く外傷症例に対応していくべきかもしれない。

 ドクターヘリやドクターカーの運用が行われるようになると、医師や看護師が事故現場で活動する機会が増えてくる。本来であれば救急隊員を対象としているJPTECの知識や技術が医師や看護師に求められるようになる。一方、働き方改革に基づいて医師の業務を看護師や救急救命士にタスクシフトする考えがある。法改正を前提とするが救急救命士が病院内で救急医療業務の一端を担ったり、特定看護師が医師業務の一部を担うようになると、外傷初期診療の職域別業務分担も変化してくる可能性がある。JNTECでも看護師が診療主体となって外傷初期診療をリードする内容が盛り込まれるようになるかもしれない。今後は、現在考えられている職種による業務領域を超えた、新しい外傷初期診療チームの運用が必要になることが見込まれる。

 国内で重症外傷例が減っている一方で、世界特にアジアに目を向けると、依然として交通事故は多発しており、重症外傷患者は増加している。わが国の外傷初期診療システムをアジアに輸出すれば、多くの生命を救済できるかもしれない。また、若い医師、看護師を海外に派遣した結果、多くの外傷診療を経験することによって、個々の手技を向上させることが可能になる。2019年、日本救急医学会と日本外傷学会は、インドへ外傷診療交流のために医師、看護師を派遣した。これが端緒となり、アジアで日本をモデルとした外傷初期診療体制が発展することを願う。

 地域、重症度などの制約を取り払って治療対象を拡大し、さらには海外も視野に入れた外傷初期診療の展開を職域を超えたチーム医療で実現していくことにより、わが国の外傷初期診療はさらに発展していくと考えられる。