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[R2-P-03] Fe K端XANESの吸収異方性の評価および多変量統計解析による微小領域の高精度Fe2+/Fe3+定量法の開発:単斜輝石の例
「発表賞エントリー」
キーワード:XAFS分光法、単斜輝石、Fe2+/Fe3+、多変量解析
珪酸塩鉱物や火山ガラス中の微小領域のFe2+/Fe3+は、地殻およびマントル中の岩石・マグマの形成条件や酸素フュガシティを与える重要な情報である。なかでも、単斜輝石は様々な火成岩・変成岩に含まれる主要なMg-Fe珪酸塩鉱物であり、共存する鉱物との間のMg-Fe2+分配関係は、マントル深さから上昇した岩石の形成条件の推定に広く利用されている。ただし、単斜輝石中ではFeはFe2+とFe3+として様々な割合で存在するため、微小領域におけるこれらの量を正確に決定することが重要である。放射光X線を用いたX線吸収微細構造(XAFS)分光法は、従来のEPMAでは定量が困難だった鉱物中のμmスケール以下の局所的なFe2+/Fe3+を、非破壊で直接測定できる革新的な手法として、近年地球科学的な応用が進んでいる。
ところが、Fe K端 XANESのpre-edgeピーク(1s→3d/4p)の面積加重平均に基づいた典型的なFe3+/ΣFe算出法[1]には、±約20%の極めて大きな誤差が存在する[2]。これは、光学的異方体である単斜輝石に、可視光と同様、X線波長領域でも強い吸収異方性(結晶方位依存性)があることに起因する。しかし、単斜輝石の吸収異方性と化学組成の複雑さから、この問題は長らく未解決だった。
最近、XANESスペクトル全体を利用した多変量統計解析による造岩鉱物・珪酸塩ガラス中のFe2+/Fe3+や酸素フュガシティ(fO2)の高精度な定量手法が、Dyarらを中心とするグループで精力的に開発されている。本手法は、既にざくろ石[3]や角閃石[4]、珪酸塩ガラス[5,6]に適用され、それらでは予測誤差±5.4–6.9%Fe3+が達成された。そこで本研究では、岩石学的・地球化学的に重要な単斜輝石について、(1) X線吸収の結晶方位依存性の系統的評価、および(2) 多変量解析によるFe2+/Fe3+の高精度定量手法の開発を試みた。
まず、新鮮かつ様々な組成をもつ天然の均質な単斜輝石の単結晶を11種集め、EPMAによる主要元素の定量分析、EBSD分析による結晶方位測定、そしてMössbauer分析による正確なFe2+/Fe3+の測定をおこなった。ついで、これら単斜輝石を対象に、高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory BL-4Aにおいて直線偏光X線を用いたFe K端の角度分解XANES測定をおこない、XANESの結晶方位依存性を調べた。そして、複数の結晶方位のXANESスペクトルを学習データとして、単斜輝石のFe2+/Fe3+の多変量予測モデルを構築した。
結果、入射X線の振動方向に依存した強い吸収異方性が、1s→4p電気双極子遷移に由来するabsorption-edgeで検出された。一方で、1s→3d/4p遷移に由来するpre-edgeピークは、入射X線の振動方向と伝播方向の両者に依存した複雑な吸収異方性を示し、四重極遷移の異方性ならびにd-p混成軌道の配向性に応じた電気双極子遷移の異方性の存在が示唆された。
そして、説明変数間の多重共線性やp>>N(p: パラメータの数、N: 観測数)な条件が特徴であるスペクトルデータに有効な種々の多変量解析手法(PLS、Lasso、Ridge)を適用した結果、ランダム方位の単斜輝石の%Fe3+を絶対誤差±7.2%で推定することに成功した。また学習データと同じ結晶方位の単斜輝石については、さらに高精度な±5.1%Fe3+の推定性能を得られた。特に、Lasso法による多変量モデルは、高い予測精度だけでなく、回帰係数のスパース性も特徴とし、今後、単斜輝石のXANESの各ピークの個別の遷移への帰属や、Fe2+/Fe3+の面的不均質性の定量に応用できる可能性がある。本研究で新たに構築した多変量モデルを利用することで、例えば薄片試料中の任意の結晶方位の単斜輝石について、その局所的なFe2+/Fe3+を正確に定量でき、地質温度圧力計や酸素分圧計の高精度化、さらにはこれらを用いた地球内部の熱構造や酸化還元状態の推定精度の向上が期待される。
【引用文献】
[1] Wilke et al. (2001), Am. Mineral., 86, 714–730.
[2] Dyar et al. (2002), Can. Mineral., 40, 1375–1393.
[3] Dyar et al. (2012), Am. Mineral., 97, 1726–1740.
[4] Dyar et al. (2016), Am. Mineral., 101, 1171–1189.
[5] Lanzirotti et al. (2018), Am. Mineral., 103, 1282–1297.
[6] Dyar et al. (2023), Chem. Geol., 635, 121605.
ところが、Fe K端 XANESのpre-edgeピーク(1s→3d/4p)の面積加重平均に基づいた典型的なFe3+/ΣFe算出法[1]には、±約20%の極めて大きな誤差が存在する[2]。これは、光学的異方体である単斜輝石に、可視光と同様、X線波長領域でも強い吸収異方性(結晶方位依存性)があることに起因する。しかし、単斜輝石の吸収異方性と化学組成の複雑さから、この問題は長らく未解決だった。
最近、XANESスペクトル全体を利用した多変量統計解析による造岩鉱物・珪酸塩ガラス中のFe2+/Fe3+や酸素フュガシティ(fO2)の高精度な定量手法が、Dyarらを中心とするグループで精力的に開発されている。本手法は、既にざくろ石[3]や角閃石[4]、珪酸塩ガラス[5,6]に適用され、それらでは予測誤差±5.4–6.9%Fe3+が達成された。そこで本研究では、岩石学的・地球化学的に重要な単斜輝石について、(1) X線吸収の結晶方位依存性の系統的評価、および(2) 多変量解析によるFe2+/Fe3+の高精度定量手法の開発を試みた。
まず、新鮮かつ様々な組成をもつ天然の均質な単斜輝石の単結晶を11種集め、EPMAによる主要元素の定量分析、EBSD分析による結晶方位測定、そしてMössbauer分析による正確なFe2+/Fe3+の測定をおこなった。ついで、これら単斜輝石を対象に、高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory BL-4Aにおいて直線偏光X線を用いたFe K端の角度分解XANES測定をおこない、XANESの結晶方位依存性を調べた。そして、複数の結晶方位のXANESスペクトルを学習データとして、単斜輝石のFe2+/Fe3+の多変量予測モデルを構築した。
結果、入射X線の振動方向に依存した強い吸収異方性が、1s→4p電気双極子遷移に由来するabsorption-edgeで検出された。一方で、1s→3d/4p遷移に由来するpre-edgeピークは、入射X線の振動方向と伝播方向の両者に依存した複雑な吸収異方性を示し、四重極遷移の異方性ならびにd-p混成軌道の配向性に応じた電気双極子遷移の異方性の存在が示唆された。
そして、説明変数間の多重共線性やp>>N(p: パラメータの数、N: 観測数)な条件が特徴であるスペクトルデータに有効な種々の多変量解析手法(PLS、Lasso、Ridge)を適用した結果、ランダム方位の単斜輝石の%Fe3+を絶対誤差±7.2%で推定することに成功した。また学習データと同じ結晶方位の単斜輝石については、さらに高精度な±5.1%Fe3+の推定性能を得られた。特に、Lasso法による多変量モデルは、高い予測精度だけでなく、回帰係数のスパース性も特徴とし、今後、単斜輝石のXANESの各ピークの個別の遷移への帰属や、Fe2+/Fe3+の面的不均質性の定量に応用できる可能性がある。本研究で新たに構築した多変量モデルを利用することで、例えば薄片試料中の任意の結晶方位の単斜輝石について、その局所的なFe2+/Fe3+を正確に定量でき、地質温度圧力計や酸素分圧計の高精度化、さらにはこれらを用いた地球内部の熱構造や酸化還元状態の推定精度の向上が期待される。
【引用文献】
[1] Wilke et al. (2001), Am. Mineral., 86, 714–730.
[2] Dyar et al. (2002), Can. Mineral., 40, 1375–1393.
[3] Dyar et al. (2012), Am. Mineral., 97, 1726–1740.
[4] Dyar et al. (2016), Am. Mineral., 101, 1171–1189.
[5] Lanzirotti et al. (2018), Am. Mineral., 103, 1282–1297.
[6] Dyar et al. (2023), Chem. Geol., 635, 121605.