第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

脳血管疾患等

[OA-10] 一般演題:脳血管疾患等 10

2023年11月11日(土) 13:40 〜 14:40 第2会場 (会議場A1)

[OA-10-3] 脳腫瘍術後早期における自動車運転再開支援の試み

井上 美穂1, 笹井 祥充1, 菊池 麻依子1, 伊古田 雅史2, 外川 佑3 (1.自治医科大学附属さいたま医療センターリハビリテーション部, 2.自治医科大学附属さいたま医療センター脳神経外科, 3.山形県立保健医療大学保健医療学部作業療法学科)

【背景】脳腫瘍は脳の器質的変化によって身体機能だけでなく,記憶・思考・判断など様々な側面に影響を及ぼす.これらの側面は,自動車運転に求められる能力の構成要素と重なる部分が多い.また,運転中止は高齢者や脳損傷患者を対象にした研究において,健康度の低下やうつ症状の出現などネガティブな影響が報告されている.これらのことから,脳腫瘍患者に対しても自動車運転評価・支援を行う意義は大きいといえる.今回,我々は運転再開希望のある脳腫瘍患者に対して一般的な作業療法評価に加えてDriving Simulator(以下,DS)評価を行い運転再開の支援を行った.本報告では,本症例の経験から得られた示唆を経過とともに報告する.なお,本発表に関して,症例には説明を行い同意を得た.
【症例紹介】60歳代,女性,頭部MRIでは左前頭葉の長径28mmほどの脳実質外腫瘍で周囲脳実質に軽度浮腫を認めた.術後病理検査の結果では移行性髄膜腫(WHO grade1)と診断された.症例は両親と妹と4人暮らしであり,職業はコールセンター業務で,通勤で運転が必要であった.術前より身体機能・高次脳機能・DSの評価目的に作業療法介入を開始した.
【作業療法経過】術前評価では,著明な運動麻痺や感覚障害はなく,ADLは自立していた.高次脳機能はMMSE:29/30点,HDS-R:29/30点,TMT-J A:50秒「異常」,B:80秒「境界」,BIT:140/146点(文字抹消:-6)であった.Hondaセーフティナビを用いたDS評価では,軽度の半側空間無視の症状を検出できる運転操作課題(視野・単純)において,3画面上で右側の見落としが6つ観察され,平均反応時間は0.574±0.116秒であった.術後3日目より作業療法を再開し,術後6〜7日目の評価は著明な運動麻痺や感覚障害はなかったが,歩行時に右側の対象物にぶつかることがあった.高次脳機能はMMSE:22/30点,HDS-R:21/30点,TMT-J A:50秒「異常」,B:205秒「異常」,BIT:139/146点(文字抹消-7)であり,術前よりも注意機能低下を認めた.DS評価では,運転反応検査の注意配分・複数作業検査で誤反応が多くE判定であり,運転操作課題では右側の見落としが5つ観察され,反応時間も遅延とバラつきを認めた(0.730±0.241秒).術後8日目のCT画像では左前頭葉の腫瘍摘出周囲の脳浮腫悪化を認め,ステロイド内服が開始となった.術後13日目に自宅退院となったが,退院時点では運転再開は推奨できず,退院1ヶ月後の外来でフォローアップする予定となった.術後38日目の外来評価では高次脳機能はMMSE:30/30点,HDS-R:30/30点,TMT-J A:37秒「正常」,B:50秒「正常」であり改善を認めた.DSの運転操作課題で右側の見落としは無くなり平均反応時間は0.507±0.172秒と改善を認めた.画像上も脳浮腫は改善しステロイド内服は終了となった.以上の結果より運転再開可能と判断し,公安委員会への手続きの案内を行った.
【考察】本症例では,術後の脳浮腫の影響で一時的に高次脳機能の低下を認めたが,脳浮腫の影響を考慮した経過観察と評価,および外来でのフォローアップの結果,最終的に術前よりもリスクを抑えた状態で運転再開が可能となった.本症例の髄膜腫は,脳腫瘍の中でも最も頻度の高い良性腫瘍であり,5年生存率はグレード1で97.2%で生命予後も良好であることから,術後の生活にむけて運転再開できる意義は大きい.本症例の経験から,生命予後が良好な術後の運転再開が期待できる症例の運転再開評価・支援では,術後の脳浮腫の影響によるリスクを考慮した慎重な評価と経過観察が重要であることが示唆された.