第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

がん

[OF-2] 一般演題:がん2

2023年11月10日(金) 15:40 〜 16:50 第3会場 (会議場B1)

[OF-2-3] 目標共有と麻痺手使用の促進で再発前の家事動作を獲得できた左頭頂葉神経膠腫の一事例

堀川 陽一郎1, 由利 拓真1, 西田 野百合1, 荒川 芳輝2, 松田 秀一3,4 (1.京都大学医学部附属病院リハビリテーション部, 2.京都大学医学研究科脳外科, 3.京都大学医学研究科整形外科リハビリテーション科, 4.京都大学大学院医学研究科整形外科学)

【序論】運動麻痺を呈した神経膠腫患者において,目標共有と麻痺手の使用促進を主眼においた介入の報告は極めて少ない.今回,左頭頂葉神経膠腫の再発および急性増悪に対して覚醒下開頭腫瘍摘出術を施行された事例に対しconstraint-induced movement therapyを参考とした介入を行った結果,急性増悪前の家事動作を再獲得できた症例を経験したため以下に報告する.なお本報告にあたり書面にて同意を得ている.
【事例】40歳代男性,左利き.右上下肢の運動麻痺増悪を自覚しZ-19日に精査目的で当院入院,左頭頂葉神経膠腫の再発と診断される.一時退院後,Z-6日に症状の急性増悪を認めZ日に覚醒下開頭腫瘍摘出術が施行された.入院前は妻と2人暮らしで,日常生活動作(以下,ADL)は自立しており主夫として洗濯などの家事を遂行していた.作業療法はZ+1日より開始した.右上肢の運動麻痺は近位部優位に認め,Z+3日時点ではFugl-Meyer Assessment(以下,FMA)上肢項目は20/66点であった.しかしZ+1日から院内ADLは概ね自立しており,著明な認知機能の低下は認めなかった.Demandは家事をして奥さんの手助けをすることであった.
【方法】皮質脊髄路(以下,CST)の状態を評価するために拡散テンソル画像(以下,DTI)解析を行った.解析にはElements(ブレインラボ社)を使用し,一次運動野の手の領域と脳幹を関心領域としてCSTの拡散異等方性(Fractional anisotropy:以下,FA)を算出した.健側と患側のCSTの平均FA値を算出し,患側を健側で除した値(FA raito;以下,rFA)を用いた.DTIはZ-19日,Z+14日,Z+24日,Z+140日に撮像されたものを使用した.上肢機能はFMA,Motor Activity Log(以下,MAL)のAmount of use(以下,AOU)とQuality of movement(以下,QOM)を用いて,術後初期(Z+3日),退院前(Z+24日),フォローアップ(Z+140日)に評価を行った.介入はZ+1日から退院までのZ+30日まで,週5日20分実施した.目標を「麻痺手で洗濯物を干すことができる」と共有し,麻痺手の機能改善を目的とした介入を行った.介入初期は上肢近位筋の随意性向上を目的として関節可動域訓練や自動介助運動を行い,随意性向上に合わせてアクリルコーンなどを用いた肩関節屈曲方向の運動を実施した.術後2週より麻痺手での本の把持などADL内での使用が可能となったため,麻痺手で行った活動の共有や他に麻痺手で行える活動があるかを本症例と協議し,ADL内での使用を促進した.
【結果】rFAは0.91(Z-19日),0.84(Z+14日),0.90(Z+24日),0.94(Z+140日)であった.FMAは20(X+3日),47(Z+24日),56(Z+140日),MALのAOUは1.0,2.29,4.25,QOMは1.0,2.29,3.5であった.活動レベルではZ+24日時点でADL内での使用頻度の増加を認め「家でも工夫しながら右手を使おうと思う」と発言が聞かれた.Z+140日では麻痺手での洗濯干しが可能となった.
【考察】本症例のrFAは術後一時的に低下したが,その後は緩徐な上昇を認め術前と同程度となった.このことから,腫瘍の急性増悪と腫瘍摘出術を経た後も本事例のCSTは保たれていたと考える.脳腫瘍患者を対象としたFMAやMALの臨床的に意義のある最小変化量(以下,MCID)は,演者らの知る限り報告がないものの,脳卒中患者におけるMCIDはFMAで9-10点(Arya,2011),MALはAOUで0.5,QOMで1.0-1.1(Lang,2008)とされる.本症例の上肢機能は追跡期間を通してMCIDを上回る改善を示し,本症例と共有した家事動作が遂行可能となった.以上より神経膠腫患者に対しても目標共有と麻痺手の使用促進を行うことで,上肢機能の改善と家事動作の再獲得に寄与する可能性が示唆された.