第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

認知障害(高次脳機能障害を含む)

[OK-1] 一般演題:認知障害(高次脳機能障害を含む) 1

2023年11月10日(金) 12:10 〜 13:10 第6会場 (会議場A2)

[OK-1-3] 単純化された言語メモが有効であった左半球損傷による健忘を伴う道順障害の一例

野崎 貴裕, 飯川 雄, 倉澤 直樹, 糸川 悦子 (国保直営総合病院 君津中央病院リハビリテーション科)

【はじめに】
左半球損傷の健忘を伴う道順障害の報告は少なく,有効なアプローチ方法の報告はない.単純化された言語メモを使用した結果,院内移動が自立したため報告する.本発表について症例より同意を得ている.
【症例】
症例は50代男性で,利き手は右手であった.通勤時に普段使用している道が思い出せず,職場へ行くことができなかった.その後も改善がなく当院へ受診した.後頭葉皮質下出血の診断となった.頭部CTでは左側脳室三角部,脳梁膨大後域に高吸収域を認めた.第3病日に作業療法開始し,第33病日回復期病院へ転院となった.
【作業療法初期評価】
運動麻痺はなく,視野は右上四分盲を認めた.失語症は認めなかった.ウェクスラー知能検査(WAIS-Ⅲ)はFIQ97,VIQ95,PIQ101と知能は保たれていた.ウェクスラー記憶検査(WMS-R)は言語性記憶65,視覚性記憶62,一般的記憶59,注意/集中力102,遅延再生50未満であった.注意機能は保たれていたが,記憶は言語性・視覚性ともに低下していた.逆向性健忘はみられなかった.当初より自室内歩行は自立していたが,「道がわからない」「約束が覚えられない」という訴えがあった.自室外の移動をすると自分の部屋には戻れなかった.スタッフの名前が覚えられず,一度言われたことを何回も聞き直していた.記憶が低下しているという病識はあった.地誌的見当識はGoogleストリートビューで評価し,風景認知は旧知・新規ともに可能であったが,自宅周囲や職場への道順は説明できなかった.自宅間取り図は書けなかった.街並失認はなく,道順障害がみられた.
【経過】
介入当初は道に迷うため,自室外を歩く際は付き添いが必要だった.健忘を認めていたが,病識は保たれていたため,日常生活スケジュールやスタッフの名前などをメモに記載すること,日常的にメモの使用が習慣化されるように指導した.最初は整理してメモが取れず,メモ自体を忘れることがあったが,徐々にメモをすることが定着していった.室外を移動する際は地図を使用したが,道順障害のため,地図の向きや自身が向いている方向の定位ができず,活用できなかった.そのため地図ではなく,ランドマークや道順を言葉のみで記述した言語メモを作成し,自室外の移動訓練を実施した.言語メモの導入当初は試行錯誤する様子がみられた.健忘があったため,言語メモは単純化させ,分かりやすく教示した.反復的に訓練をすることで,言語メモが活用され助言が減った.
【作業療法最終評価】
メモを活用して事前に約束した内容や時間を守ることができるようになった.第14病日に病棟の移動が自立した.第25病日にエレベーターを使用し,院内の売店や訓練室への移動も自立となった.その一方で,見渡せない範囲の道順説明は困難で「実際に見ないとわからない」「歩きながら見ればわかる」と訴えていた.病棟や自宅の間取りも書けず,道順障害は残存していた.
【考察】
今回,風景認知は保たれており,街並失認はみられなかった.道順障害によって方向の定位ができなかったため,通常の地図は使用せず,言語メモを使用した.道順障害は右脳梁膨大後域損傷で生じることが多い.左半球損傷の報告は少なく,健忘を伴うことが多いとされている.本症例も道順障害だけでなく,健忘を伴ったため,代償手段の獲得に難渋したが,言語メモを単純化させ反復的に実施したことが有効であった.病識,知能・注意機能が保たれていたこと,失語症を認めなかったことも,言語メモを用いた代償手段が獲得できた要因と考える.