第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-3] ポスター:脳血管疾患等 3

2023年11月10日(金) 13:00 〜 14:00 ポスター会場 (展示棟)

[PA-3-9] 若年脳卒中患者に対する直接的なタイピング訓練が復職を支援した事例

藤島 貴幸1, 中村 健一1, 青木 日菜子2, 滝澤 宏和3 (1.医療法人社団 時正会 佐々総合病院, 2.医療法人社団 東光会 戸田中央リハビリテーション病院, 3.医療法人社団 武蔵野会 新座病院)

【はじめに】日本の2017年の脳卒中有病率は約112万人であり, 中でも働く世代である20〜64歳の年齢が占める割合は約17%と報告がある(厚生労働白書 2017). 若年脳卒中者にとってのゴールは社会復帰と言われている(佐伯ら 2019) ものの, 他の疾患と比べて身体機能・高次脳機能といった直接的影響の大きさが復職上の問題と報告がある(佐伯ら 2000). 本症例は事務職への復職を目指す上でパソコン操作が必須であり, 幕張式ワークサンプル(以下, MWS) を訓練にて実施した. 結果としてタイピング能力向上と注意機能の改善を認め, 問題点に対しても代償手段が確立し, 復職が見込まれたため報告する.
【倫理的配慮】対象者に対して書面ならびに同意書を用いて同意を得た. また, 研究実施施設倫理委員会より承認を得た.
【事例紹介】40代男性. 右内頸動脈狭窄により上頭頂小葉・後頭葉に病巣を認めた. 病前は専業主婦の妻と二人暮らし. 仕事は事務職であり, 受注発注やメール作成を行っていた. ブラインドタッチも可能であった. 復職希望あり.
【評価】面接では「タイピングで左の薬指と小指が言うことを聞かない」「書類で探したい文字が探せない」と語った. 入院時より運動麻痺, 感覚障害はなく, 独歩で屋内ADLは自立. 認知機能は良好(MMSE30/30). 注意機能はかなひろいテスト無意味綴で正答率は67%, 物語文は正答率が59%. 標準注意検査法(Clinical Assessment for Attention:以下CAT) のVisual Cancellation「3」は98秒で正答率が98%,「か」は108秒で正答率が95%. 健常平均に比し若干の成績低下あり. タイピング場面では左環指, 小指操作時に目的の隣のキーを打つ様子あり. 他の手指では影響なし. 入力内容は漢字変換ミスが多く, 誤字に気づかず, 修正に口頭指示を要した. 介入方法はMWSの文書入力でのタイピング練習と要素的上肢機能訓練を実施した. 初回実施時のレベル1は7分39秒で正答率は67%, レベル5は10分36秒で正答率67%であった. 復職に向けて左環指や小指で狙ったキーの入力を目指すこととした.
【経過】3週頃までは漢字変換ミスを認めるが, 経過に伴い入力直後に自己修正が可能となってきた. 段階的にタイピング練習の割合を増やし, 4週頃には仕事柄打ち慣れた単文であればブラインドタッチでも可能となった. キーボードの左側にある「S」や「A」等を連続で入力する際に隣のキーを打つ様子あり. その際は急がず1文字ずつ入力することを共有し, 以後修正可能となった.
【結果】退院時の注意機能では, かなひろいテスト無意味綴の正答率が70%, 物語文は正答率が77%. CATのVisual Cancellation「3」は84秒で正答率は96%, 「か」は101秒で正答率96%となった. タイピング場面では自ら入力ミスに気づく頻度が増え, 漢字変換ミスが無くなった. MWSの文書入力でレベル1は3分46秒で正答率100%, レベル5は8分36秒で正答率83%となった.
【考察】入院時には, 復職にパソコン操作が必須であるものの, 左環指, 小指では狙ったキーの隣を打つ様子がみられた. 背背側経路の病変では視覚や運動, 体性感覚の障害はないが, 伸ばした手の先が対象からずれる(Rondotら 1977) と報告がある. 左環指, 小指とキーボード間の物体距離の情報統合にエラーが生じていると予想した. MWS訓練版の文書入力の40代平均正答率は78.4%であり, 机上検査でも所要時間の短縮と正答率の改善を認めた. 脳卒中者の復職を阻害する因子として注意障害等の高次脳機能障害を挙げていた(佐伯ら2019). MWSでの直接的な訓練を通してワーキングスキルが向上したことやタイピングの問題点に対する代償方法が確立してきたことで復職が見込まれたのだと考えた.