第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-4] ポスター:脳血管疾患等 4

2023年11月10日(金) 15:00 〜 16:00 ポスター会場 (展示棟)

[PA-4-8] 急性期脳卒中患者における課題の難易度調整の重要性

結城 瑚波, 阪口 満陽, 藤田 将敬, 大野 直紀 (りんくう総合医療センター診療支援局リハビリテーション部門)

【はじめに】急性期脳卒中患者に対する作業療法では,運動麻痺回復の促進や麻痺手の学習性不使用を防ぐために,早期から自発的な麻痺側上肢の使用が推奨されている.しかし,身体機能に対する活動の難易度が高い場合,過剰努力による異常動作や非効率的な代償動作が定着化する危険性があり,課題の難易度設定や環境調整,そして使用頻度をマネジメントすることが臨床的に重要であると考える.そこで,食事動作の獲得に対する課題の難易度および環境調整によって,代償動作を抑制しながら食事動作を獲得した症例を経験したため報告する.
【症例紹介】病前ADLは自立されている70歳代前半の男性.X日に左被殻出血と診断された.なお,ヘルシンキ宣言に基づき,発表の目的と意義について説明し,同意を得た.
【作業療法評価 (X+1~3日)】認知および高次脳機能,感覚機能は正常だが,BRS上肢Ⅳ 手指Ⅳ 下肢Ⅴ,上肢FMA 44点,握力18㎏で右上下肢の運動麻痺を認めた.視診および触診上,僧帽筋下部線維や前鋸筋などの肩甲帯周囲筋群の低緊張を認め,翼状肩甲を呈していた.MALはAOU 1.8点,QOM 1.2点であり使用頻度および動作の質に低下を認め,FIMは運動項目が36/91点であった.食事動作では,主にスプーンの使用が左手であったが,右手で使用すると過度な肩甲帯の挙上や後退,肩関節外転の代償動作が出現し,スプーンに顔を近づけて摂取されていた.スプーンの把持は小指がスプーンの柄から離れた状態になり,3指つまみの小指側の固定が不安定になる結果,スプーン操作の拙劣さ,食べこぼしが多くみられた.右手での食事摂取量は全体の1/4であった.
【方法・経過】上肢活動を補償する肩甲帯の中枢側としての安定化を図るために,経時的変化に対応した難易度調整下での上肢課題を行った.介入初期,右上肢の単独活動では肩甲帯挙上や後退などの代償動作が併発しやすく,自動介助運動や両上肢運動の難易度に設定した.X+5日では,翼状肩甲の改善とともに上肢の空間保持が可能となり,右手で太柄スプーンを使用して全量摂取が可能となったが,食べこぼしは残存した.手指巧緻評価としてのペグ操作では,右手操作では左手と比較して約3倍の時間(60秒)を要した.これらの評価から手内在筋や手指屈筋群の筋出力低下による手指巧緻性低下が食べこぼしの要因と推察した.そこで,手内在筋の賦活を目的とした巧緻課題と,太柄スプーンで対象物をすくう,運ぶ練習など実動作練習を追加した.
【結果 (X+10~11日)】BRS上肢Ⅵ 手指Ⅵ 下肢Ⅵ,上肢FMA 60点,握力23.3㎏まで改善し,FIMは運動項目87/91点と向上を認めた.MALはAOU 4.8点,QOM 4.5点となり,使用頻度および動作の質の両側面で向上した.食事動作では,肩甲帯の代償動作が改善し,食べこぼしなく右手太柄スプーンで全量摂取が可能となった.
【考察】被殻出血で内包後脚に出血が及んでいない場合には運動機能の予後が良好(山永ら, 1985)とされるが,急性期における異常動作の反復は,非効率的な代償動作が定着する恐れがある(岩崎ら, 2009).本症例の運動機能の予後は良好と予測したが,食事動作時の非効率的な代償動作が定着する可能性が考えられた.麻痺側の学習性不使用を予防し,難易度を調整した上で運動を正しく実現,反復することは重要であり(三浦ら, 2019),本症例も代償動作が出現しない難易度の課題を反復して実施し,代償動作を抑制できたと考えられる.さらに,運動機能回復に合わせた段階的な課題設定や正のフィードバックにより,麻痺側上肢への認識や自己効力感を高められ,ADL場面における麻痺側上肢の参加に寄与したと考える.