第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

運動器疾患

[PD-9] ポスター:運動器疾患 9

2023年11月11日(土) 12:10 〜 13:10 ポスター会場 (展示棟)

[PD-9-7] 疼痛に対するペーシングを併用した介入によって大切な作業の獲得に至ったTHAの事例

甲斐 将平1, 斉藤 夢乃1, 早崎 涼太1,2, 清本 憲太3 (1.社会医療法人孝仁会北海道大野記念病院リハビリテーション部, 2.札幌医科大学大学院保健医療学研究科, 3.日本医療大学保健医療学部リハビリテーション学科作業療法専攻)

【はじめに】変形性股関節症に伴う疼痛により,犬の世話が困難になった事例を担当した.人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:以下,THA)後に,疼痛に対するペーシングを併用した作業療法を実践した結果,犬の世話動作の獲得と満足度・遂行度の向上に繋がったため報告する.
【事例紹介】60歳代女性.現病歴は,X-2年より右股関節痛が出現し,右変形性股関節症と診断.X年に疼痛が増強し,Y日に右THA施行.既往歴は左変形性膝関節症.病前生活は,ADL自立,屋外T-cane自立であった. なお本報告に際し,事例より書面で同意を得ている.
【作業療法評価と経過】カナダ作業遂行測定(Canadian occupational performance measure:以下,COPM)を用いた術前の作業療法面接では,重要な作業課題として「犬の世話(散歩・餌やり)」が挙げられ,重要度10,遂行度2点,満足度0点であった. また,「股関節が特に痛くて散歩も餌やりもできないです」と発言を認めた.疼痛はNumerical Rating Scale(以下,NRS)で,安静時NRS3,歩行時NRS10であった.犬の世話における散歩の作業遂行プロセスは①犬にリードをつける,②階段を8段降りて玄関から出る,③リードを右手で持ちながら犬と並走して歩く,④犬の糞を地面から拾って袋に入れる,⑤帰宅後に犬の足を拭くであった.普段の散歩の時間は30分であったが,疼痛増強後は実施困難であった.餌やりでは,高さ10cmの台に皿を置く動作が必要であった.作業療法目標は,犬の世話動作を獲得することを事例と共有した.セルフケアが自立したY+7日より,犬の世話動作への介入し,部分練習から開始した.動作指導の際, 事例より脱臼に対する不安の訴えを強く認めたため,セラピストが動作を実演し脱臼しない方法を説明した.散歩に必要な①と④の動作,餌やりは両下肢を外転位にして,股関節屈曲が90°以内か確認したうえで,体幹を屈曲する方法を指導した.散歩動作に必要な②の動作は術側を先に降ろし2足1段で階段を降りること,③の動作は疲労度や疼痛の有無に応じて拡大していくこと,⑤の動作は玄関の椅子を利用して行うように指導した.歩行は右手でT-caneを使用し,5kgの重錘を乗せた台車を使用しロープで結びつけ左手で引っ張りながら歩行することで模擬的に犬の散歩動作を再現した. 犬の散歩をすることで疼痛が増強するのではないかという不安が強くみられたため,ペーシングを用いて疼痛と活動量コントロールをすることにした.自主練習は,歩行時にBorg指数を使用した疲労度と疼痛が出現しない距離を確認した.1日の中で病棟を5周(500m)することを目標とし,何周したか,疼痛は出現したかを記録してもらい実施するように指導した.
【結果】Y+31日(退院時)の理学所見について,疼痛はNRSで右股関節安静時0,動作時0であった.模擬的な犬の散歩動作は6分間300m可能となり,脱臼肢位を取ることはなかった.COPMで「犬の世話」は遂行度と満足度が6点となった.退院時に,犬の散歩距離は歩行時の疲労度がBorg指数にて11-13の範囲に収まり,疼痛はNRSにて5点以下で距離を伸ばしても良いと指導した.Y+90日で散歩は30分可能となっており,COPMでは遂行度と満足度は10点であった.
【考察】ペーシングとは,時間に基づいたペース配分を学び,疼痛が悪化しないペース配分で活動するために用いられる認知行動療法の一種である.一般的な効果として,慢性疼痛患者に対して疼痛を誘発させることなく作業活動を遂行することができると報告されている.本事例は,THA術後にペーシングを用いて,疼痛が悪化しないように留意しながら活動量を増加させたことや退院後も継続するように指導したことが,事例の大切な作業である犬の世話動作の円滑な獲得に結びついたと考える.