第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

神経難病

[PE-2] ポスター:神経難病 2

2023年11月10日(金) 12:00 〜 13:00 ポスター会場 (展示棟)

[PE-2-1] ALS事例の障害受容に向けた介入

浅野 祐平1, 浅野 友佳子2 (1.砂川市立病院医療技術部リハビリテーション科, 2.文屋内科消化器科医院 訪問リハビリテーションらいらっく)

【はじめに】岩井は人は環境との相互作用でアイデンティティを形成しており,障害受容における価値観転換の問題は,これらを軽視しているためにおきると述べている.今回,自宅でサービス等を使わず,寝たきりとなり「人生が終わった」と語る筋萎縮性側索硬化症(以下,ALS)患者に対し,環境を整え,事例の希望を叶える事で,障がいに対する価値観の転換が進み,前向きに行動し始めた経過について考察を加え報告する.尚,本報告にあたり本人に同意を得ている.
【事例紹介】70歳代男性,妻と二人暮らし.X-2年より体重が減少し,息苦しさが進行するも医療や福祉には繋がらず,X年Y-5月に自宅でほぼ寝たきりとなり,妻以外交流はなかった.X年Y月に当院に入院し,ALSと診断され,人工呼吸器管理となり,作業療法(以下,OT)を開始した.
【作業療法評価・目標】 
OT開始時,表情乏しく,問いかけに無反応であったが,面談する中で,疾病への強い不安や孤独感を訴え「人生が終わった」と語った.認知機能は問題なく,身体機能は徒手筋力検査で四肢3,日常生活動作等はほぼ全介助で機能的自立度評価法(以下,FIM)30点,嚥下や食事摂取量の低下により胃瘻造設予定であった.ALS重症度5,ALS機能評価スケール改訂版11点,老年期うつ病評価尺度(以下,GDS15)13点であった.意思伝達装置の利用には「先の事は考えたくない」と拒否した.事例は唯一「拉麺が食べたい」と語ったため,環境や人的な支援により,生活を継続していける事を実感してもらうため,「行きつけ店の拉麺を食べる」を目標とし介入する事とした.
【経過】1)活動範囲拡大を図った介入(OT開始~6週目)
当初,事例は一部訓練拒否があったが,目標に対する介入方法等の説明で,機能や食事動作の訓練等には意欲を示した.また病棟スタッフと事例の情報を共有する事で病棟での離床が定着し,人工呼吸器離脱が短時間可能となった.食事動作は自助具の利用や姿勢等の調整で可能となった.事例はできる行為の増加と共に他者交流が拡大し,互いの疾病についても話をした.
2)事例の希望を叶えるための介入(7~8週目)
胃瘻造設術後,事例の食事動作はあら刻み食で自力摂取が可能となったため,拉麺を食べるためにスタッフや家族等と日程調整し,当日の役割を分担した.主治医は病態確認,看護師は誤嚥対策,作業療法士と理学療法士は姿勢設定や福祉用具準備,拉麺の調達,言語聴覚士は一口量や嚥下確認,家族は金銭準備や事例との交流とした.また店主には拉麺作りに加え手紙作成を依頼し,事例が店主との繋がりを実感できるよう配慮した.当日,各関係者の支援により,事例は拉麺を自力摂取し,店主からの手紙を読んだ後「一生忘れない拉麺になる」「一人じゃないんだな」と涙ながら話した.
【結果】目標達成後,事例は意思伝達装置の操作訓練や整容等にも取り組み,FIMは54点,GDS15も6点と向上した.事例からは「みんなのお陰でできる事が増えた.勉強して意志を発信したい」と前向きな発言へと繋がった.
【考察】上田は障害受容とはあきらめや居直りではなく障害に対する価値観の転換であり,それによって積極的な生き方に転じると述べている.今回,症状進行後,確定診断に至った事例に対し,環境面から介入し,工夫する事で事例自身ができる動作を実感し,できない事に関しては人的支援の利用で希望を叶える事で自身が「諦めなくても良い」事を知り,前向きに生活するようになったと考える. 環境を整え,自身の可能性を実感する機会を作る事で,支援を受けず疾病が進行してしまった進行性疾患患者の価値観の転換を進めるきっかけとなる可能性が示唆された.