第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

精神障害

[PH-6] ポスター:精神障害 6

2023年11月10日(金) 17:00 〜 18:00 ポスター会場 (展示棟)

[PH-6-7] 地域に自身のストレングスを発揮できる場を見つけたうつ病の一事例

有安 芽衣1, 大野 宏明2 (1.専門学校川崎リハビリテーション学院作業療法学科, 2.川崎医療福祉大学リハビリテーション学部作業療法学科)

【序論】
精神障害者の地域生活への移行支援が進められているが,地域の中に自分らしくいられる居場所を確保することは精神的安定を維持するために必要なことである.今回,新たな居場所への移行を支援した事例を振り返る.なお,本報告に際し症例から口頭及び書面上で同意を得ており,プライバシー保護も配慮している.
【症例紹介】
A氏,60歳代,男性.F31.3(双極性感情障害・中等症のうつ病エピソード).X-16年,妻の死をきっかけに発症.その後,母の死別もあった.X-5年,当院に初回入院し,作業療法(以下OT)が処方されるが,無理をしては疲労し入院することを繰り返していた.X-3年に仕事を退職となった.ストレングスは,面倒見が良く運動が得意であった.問題点は,体調の把握が苦手で無理をして調子を崩しやすいこと,心地よく過ごせる居場所が少ないことであった.
【作業療法計画】
形態は,外来OTに週3回参加とした.内容は,卓球や会話を通して交流を行った.目的は,A氏の近況を聞く中で無理をしていないか一緒に振り返ること,OT以外にも地域での居場所を増やすこととした.
【経過と結果】
Ⅰ期:新たな居場所作りに反発した時期(X年~X年+3か月):退職後,運動が得意で面倒見の良いA氏は,OTで他患者から練習相手として頼られることを意気に感じ,疲労していても参加することにこだわっていた.作業療法士(以下OTR)は疲労時は休んだ方が長く体調を維持できることを伝えた.また,知人から仕事を紹介されたが,OTへの参加が減ることを理由に断ることもあった.病院に依存することを危惧した主治医から,就労支援施設や地元の障害者サロンの利用を提案されたが,A氏は不服そうだった.A氏は「OTは居心地の良い場所だから手放したくない」と訴えた.OTRはOTを卒業するのではなく地域にA氏の居場所が増えるのだと説明した.
Ⅱ期:サロンが居場所となり始めた時期(X年+3か月~X年+9か月):A氏は,サロンの見学に行き,話せそうな利用者がいないと不安を口にしていたが,外来OTと並行してサロンを利用してみることになった.サロンでの様子を詳しく聞くと,ある利用者に頼まれて一緒に軽作業をした話や他の利用者の卓球相手をして喜ばれた話が語られた.A氏の面倒見の良さがサロンでも役立っていることを伝えると,A氏は納得していた.また,サロンのスタッフが手を取られている時に,A氏が他の参加者の対応をしていると後でスタッフから感謝されたと話していた.そのようなやり取りを繰り返すうちに,A氏はサロンの中で自分の居場所を見いだし,サロンで過ごす日が増えて行った.
【考察】
A氏は家族を亡くしたことに加え,職場という自身が必要とされる場を失った喪失体験により孤独感を強く感じるようになった.高橋章朗(2015)によると,喪失体験に対しては丁寧に傾聴するとともに本人ができること,本人を必要としている場所は今でも多くあることを伝えるとしている.A氏の強みが生かされ必要とされる居場所を増やすことは,精神的な充足感を得られることであり,治療的に意味のある行為であった.精神科の地域生活に向けた移行支援として,対象者の病理を踏まえた場の意味や強みを生かした支援は有用であった.