第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

認知障害(高次脳機能障害を含む)

[PK-1] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 1

2023年11月10日(金) 11:00 〜 12:00 ポスター会場 (展示棟)

[PK-1-1] 日常生活道具の適切な選択により爪切り動作と衣服のハンガー掛け動作が改善した大脳皮質基底核症候群の一例

永田 優馬1, 鈴木 麻希2, 平川 夏帆1, 池田 学1 (1.大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室, 2.大阪大学大学院連合小児発達学研究科行動神経学・神経精神医学)

【はじめに】大脳皮質基底核症候群は,臨床的に非対称性のパーキンソン症状と失行や皮質性感覚障害などの大脳皮質症状を特徴とする神経変性疾患である.症状特徴が日常生活活動に必要な動作に直接的に影響し,進行と共に困難さを引き起こすため,適切な症状評価と環境調整が重要である.今回,左手の巧緻障害および両手間の協調運動障害を呈した大脳皮質基底核症候群の患者に対して,症状特徴に合わせた日常生活道具を選択し利用することで,日常生活動作の一部(爪切り動作と衣服のハンガー掛け)の困難さが改善した例を経験したので報告する.
【症例】70歳代前半の右利き女性,教育歴 12年.X年,視対象の距離がつかみにくいことを主訴に当科を受診した.神経学的に特記事項なし.MMSEは 24/30点であった.神経心理学的には注意障害,視空間認知障害,左優位で両上肢の観念失行,観念運動失行,巧緻障害,両手間の協調運動障害を認めた.近時記憶は比較的保たれていた.脳MRIでやや右側有意で両側頭頂葉を中心に萎縮,脳血流SPECTで同部位に灌流低下を認めた.DaTスキャンでは両側基底核に軽度の集積低下を認め,アミロイドPETは陰性所見であった.以上から大脳皮質基底核症候群が疑われた.X+1年後,基本的なADLは自立していたが,①爪切り動作,②衣服のハンガー掛け動作,に困難さを訴えたため評価と環境調整を試みた.なお,本発表に関して患者と家族から同意を得た.
【評価】作業療法士(OT)による各動作の「観察評価」と各動作に対する患者の主観的な遂行度と満足度を10段階で回答を求める「質的評価」を実施した.①爪切り動作:左手で爪切りを適切に操作することが困難であった.遂行度4/10,満足度3/10であった.②かぶり上着のハンガー掛け動作:通常の逆Y字型ハンガーに上着の片袖を通した後,左手でその片袖とハンガーの位置を固定しながら右手でもう片袖を通す際,動作遂行に時間を要していた.遂行度3/10,満足度1/10であった.各動作の困難さに影響する主な要因として,①爪切り動作は左手の巧緻障害,②かぶり上着のハンガー掛けは,左手の巧緻障害および両手間の協調運動障害が考えられた.
【環境調整・再評価】改善策として,①爪切り動作には,電動爪切り(モーター部分に爪をあてて爪を削るもの)の利用を提案した.実際の使用動作を確認したところ,症例自身で爪を安全に磨くことができた.また②衣服掛け動作には,折り畳み式ハンガーを活用した.折り畳んだ状態ではI字型で,両側のアームを動かして逆Y字型に広げることができるものである.本人の使用動作を確認したところ,畳んでI字型にしたハンガーをかぶり上着の首周りに挿入した後に,衣服の中でハンガーのアームを広げる手順を取ることで,ハンガーに掛けることができた.各道具を自宅に貸し出し,3ヶ月後に本人の主観を再評価した結果,①爪切り動作は遂行度7/7,満足度7/7,②衣服掛け動作の遂行度は8/10,満足度8/10と改善した.また道具の有用性を福祉用具満足度評価(QUEST)の福祉用具に関する項目(項目1-8)を用いて評価した結果,電動爪切りは30/40,折り畳み式のハンガーは33/40と高い満足度を示した.介入後に患者は各道具を自費で購入した.
【考察】電動爪切りは,巧緻な動作を必要とせずに安全に使用できるため有効であったと考えられる.折り畳み式ハンガーは,巧緻な動作を必要とせず,また両手を非対称性に協調動作させる必要がないため,本症例の逡巡が軽減したと考えられる.患者の症状を的確に評価し,その特徴に即した日常生活道具を選択,提案することで,日常生活動作の改善へ導くことは重要な環境調整となる.