第57回日本作業療法学会

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ポスター

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[PN-3] ポスター:地域 3

Fri. Nov 10, 2023 1:00 PM - 2:00 PM ポスター会場 (展示棟)

[PN-3-12] 高次脳機能障害者と自分自身の新たな暮らし方を模索し始めたきょうだいの語り

佐野 恭子1, 田口 潤智2 (1.宝塚リハビリテーション病院療法部, 2.宝塚リハビリテーション病院診療部)

【はじめに】独居や就労が難しい高次脳機能障害者の場合,親亡き後の生活基盤を整えることは重要な課題であるが,そこに高次脳機能障害者のきょうだい(以下,きょうだい)が何を考えどう関わっているのかに着目した報告は非常に少ない.今回,親に代わり意図せずキーパーソンとなったきょうだいの語りから,高次脳機能障害者と自分が納得できる暮らしの構築に向けた思いを知る機会を得たため,若干の考察を加えて報告する.
【方法】1.対象:対象は,高次脳機能障害者(40代男性,脳外傷受傷後20年以上経過.以下,兄)のきょうだい(30代女性.以下,A氏).兄は両親と3人暮らしであったが,将来的に独居は困難と考える両親の意向で,利用中の就労継続支援B型事業所が運営するグループホーム(以下,GH)の試用を開始.しかし数年後に父親が他界し,さらに母親の病気療養(その後,他界)が続いたため,GHに生活拠点を移行して現在に至る.A氏は兄がGHの試用を開始した時期と前後して自身の都合により勤務先を退職し,両親の暮らす実家に戻っていた.週末のみ帰宅する兄との接点は少なかったが,両親の他界後は,実家の管理や兄の利用する事業所との連絡などを一手に引き受けている. 2.方法:COVID-19感染予防のため,オンライン会議システムによる半構造化インタビューを実施.インタビューでは「兄の近況」と「あなた,兄,または二人の今後について考えていること」をテーマに語ってもらった.発表者は聞き手として受容的な雰囲気づくりに努め,休憩や終了の判断はA氏に委ねた.なお本学会での発表に関してはA氏に報告の目的および匿名性の確保を順守する旨を説明し承諾を得た.
【結果と考察】構造構成的質的研究法SCQRM(西條剛央,2007)を参考に約60分間の語りを分析した結果,26個の概念,8個のカテゴリー,2個のコアカテゴリー(以下,それぞれを〈〉,《》,『』内に記す)が得られた.ストーリーの概要は以下の通りである.
 A氏は〈自室の散らかりや洗濯物の汚れを気にしない兄〉と〈自己管理が入居者に任される仕組み〉を理解し,つねづね《共同生活で兄が自分の生活を管理する限界》を感じていた.そこに〈「妹に迷惑かけていないか」という日記の言葉〉を兄が書いたと知り,自責の念を抱く.高次脳機能障害に由来する〈相手や状況に影響される兄の言葉〉に《本当のところは分からない兄の本心》としながらも,A氏は《変わることのない兄らしさ》への信頼を礎に,〈現状の継続もあり得る中で生まれた変化への思い〉を《兄にとってよりよい暮らし方が他にもある可能性》の発見に結び付ける.それは実家で生活空間を明確に分離した《私が安心できる兄のプチ1人暮らし》であり,その実現には《私自身が安定したペースを保つための工夫》と《具体的な行動計画》が必須だとする.
 以上より,『兄が今の生活を続けることへの問い直し』と並行して,その先にある『兄らしい暮らし方を模索する”私自身の旅”』の準備に取りかかろうとするA氏のストーリーを読み取ることができた.
【おわりに】原田満里子ら(2016)はきょうだいに共通する特徴として,障害者の生を抜きにした人生を歩むことは困難であり,彼らの生も分け合い自らのものとして引き受ける”二重のライフストーリー”を生きる一面があることを指摘した.そして同じ時代を生きる障害者の存在はきょうだいに肯定的・否定的いずれの影響も与える可能性がある.しかし現時点ではその判断をせず,兄らしさがより生かされることと,兄の生に並走しながらも自身の主体性を維持できることとの両立を目指すA氏に,支援者として学ぶべき点は多い.