第58回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

運動器疾患

[OD-3] 一般演題:運動器疾患 3

2024年11月9日(土) 16:50 〜 18:00 C会場 (107・108)

座長:斎藤 和夫(東京家政大学 健康科学部リハビリテーション学科)

[OD-3-5] 橈骨遠位端骨折術後患者における痛みの破局化を引き起こすプロセスの解明

須藤 誠1, 飯塚 裕介1, 山木 花音1, 田村 由馬3, 長田 伝重2 (1.獨協医科大学日光医療センター リハビリテーション部, 2.獨協医科大学日光医療センター 整形外科, 3.獨協医科大学日光医療センター 臨床研究支援室)

【背景】痛みの破局化は,痛みに対して注意が囚われることや無力感,そして痛みの脅威を過大評価することで特徴づけられる認知過程であり,Pain catastrophizing scale(PCS)によって評価できる(松岡ら,2007).痛みの破局化に至る原因は当人が経験した痛み,恐怖,不安と考えられるが,どのような経験が破局化を引き起こすかは明らかにされていない.われわれは痛みの破局化を経験した橈骨遠位端骨折(DRF)術後患者の痛みの破局化を引き起こすプロセスについて複線経路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)を用いて明らかにした.
【方法】対象はDRF患者で,術後経過にてPCS30点以上を経験した3例とした.TEMでは対象者4±1人の場合,経験の多様性を示すことができるとされ(安田ら,2012),本研究の目的と合致すると考えた.インタビュー方法は半構成的面接で行い,PCSの項目を参考にインタビューガイドを作成し,加えて経験の時期について尋ねた.インタビューはICレコーダーを使用して録音し,音声データを逐語録化して質的データとしたうえでTEMにて分析した. TEMの分析は対象者毎に行い,等至点,両極化した等至点,その過程において阻害要因,促進要因として通過点及び分岐点を設定した.また,対象者には複数回にわたり妥当性を高めるための確認を行った.なお,全対象者に研究内容を紙面にて説明の上,同意を得ている.
【結果】対象者は3例(A~C氏)で,いずれも手術適応のDRFであり,掌側ロッキングプレート固定を施行した.年齢は62±4.9歳で,全員女性であった.疼痛は最大でNRS8の痛みを経験しており,研究用CRPS判定指標にて自覚症状及び他覚所見が3項目以上該当していた.インタビュー時間は平均18分8秒で,面接時の術後経過日数は平均166±6日であった.
 本研究の対象者はDRF術後に【経験したことのない痛み】を必須通過点とし,痛みの破局化を引き起こしていた.受傷前の個人特性は明るい性格,おとなしい性格など様々であり,過去の痛みに対する対処方法は我慢する,我慢せず専門家や他者に聞くなど多様であった.同じ痛みでも予期していた痛みであれば破局化を引き起こさないが,【予期していない痛み】が発生すると痛みの破局化を悪化させる阻害要因となっていた.そのほかにも【疼痛の持続】,【他者と比べて劣ると感じる経験】,【日常生活での失敗】によって痛みの破局化が増悪していた.一方で痛みの破局化を改善した正の経験には【痛みをコントロールできる経験】や【同じ当事者経験を持つ医療者からの声かけ】,【医療者による回復の見通しの説明】,【仕事復帰を諦めたこと】,【旅行など余暇を充実する時間】が分岐点となり,痛みの破局化を減らしていた.本研究対象の等至点は【useful handの獲得】,両極化した等至点は【慢性疼痛の残存】とした.
【考察】胸部外科手術から1年後の慢性疼痛において,術後疼痛が中等度から重度の患者は軽度の患者よりも慢性疼痛に繋がりやすいことが報告されている(Liu etal. ,2021).痛みの破局化にかかわる術後の当事者経験を対象とする研究は本報告が初めてである.
DRF術後患者における痛みの破局化は術後に【経験したことのない痛み】を経験することが共通する契機として明らかになった.TEMの結果からDRF術後の負の経験は多様であり,痛み自体の強さや部位だけでなく,予期していた痛みとのギャップや制御不能感が破局化を引き起こしていた.このことから,痛みそのものを最小に留めることは勿論であるが,医療者の声掛けや術前オリエンテーションなどの対処により痛みの破局化を回避する可能性も明らかとなった.