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[AHW07-17] 急峻なゼロ次谷流域における洪水流出過程と侵食過程の相互因果関係の理解に向けて
キーワード:侵食, 斜面水文学, 土壌層発達, 洪水流, 寄与域変動, ゼロ次谷流域
ゼロ次谷における洪水流出発生と土壌浸食過程は、時間スケールがはるかに異なるにもかかわらず、密接な相互依存性がある。本研究は、洪水流と浸食過程の相互依存性に関して、ゼロ次谷内部の尾根筋と谷筋における相違点があることに注目する。さて、地殻変動帯における強い侵食力によって流域全体で重力による土壌移動が進行するが、尾根筋では、土壌移動が拡散的で緩慢であるため、基岩表面の地形の凹凸によって土壌の厚さがきまる傾向がある(Heimsath, Geomorphology 27, 1999)。一方、谷筋では、土壌層が突発的な表層崩壊で失われるわけであり、崩壊が起こらない限り、10^2から10^4年の長い時間スケールで土壌層が発達してゆく(Tsukamoto et al., IAHS Publ. 137, 1982)。そのため、尾根筋では、土壌層は植生を攪乱なく乗せたまま移動してゆくのだが、その尾根筋からの拡散的な土壌供給によって、谷筋の表層崩壊後における土壌層の回復が支えられている。したがって、尾根筋の拡散過程と谷筋の土壌層回復過程は密接な相互関係を持つとみられる。 こうした過程が進行するためには、尾根筋であれ谷筋であれ、表層崩壊のきかっけとなる飽和地表面流は抑制されていなければならない。この抑制に対しては、パイプ状の水みちを通じた排水能力(McDonnell, Water Resour. Res. 26, 1990)が大きな役割を果たしているとみなされる。ここでは、この考え方を水文学的に考察するため、小流域における降雨流出応答関係から、洪水流発生寄与域の拡大を推定する解析を試みる。降雨がほとんどすべて洪水流になるような湿潤な条件では、準定常状態であるような水理学的連続体が形成され、一段タンクモデルによって、洪水流出応答が良く再現されることがわかっている(Tani: Hydrol. Earth Syst. Sci., 17, 2013)。こうした単純な応答特性を利用すると、洪水流出寄与域の拡大状況が流出応答から逆推定可能というわけである。その解析を行った結果、乾燥状態が残る降雨初期の短い期間を除き、洪水時の降雨流出の波形変換は、一段タンクモデルの同一のパラメータで良く再現され、流出寄与域のみが増加することがわかった。この結果は、波形変換が主に斜面方向の地中流や地表面流で起こるのではなく、鉛直方向の水移動に由来していることを推定させる。こうした流出メカニズムの概念モデルはすでに指摘されているところであって(Montgomery and Dietrich, Water Resour. Res. 38, 2002)、パイプ状水みちの大きな排水能力によって雨水が土壌層内に閉じ込められることを示唆している。この閉じ込めによって、尾根筋はもとより谷筋において、強い侵食力に抗して土壌層が発達できる環境が創り出されているわけである。流出過程と侵食過程は強く結びついており、その観測による裏づけが今後重要になる。加えて、既存の水文データからも、こうした結びつきの観点から解析することによって、興味深い知見が得られると考えている。