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[MIS23-13] 岩手県田野畑村羅賀に見られる明治29年の三陸大津波で打ち上げられた津波石の起源
キーワード:宮古層群, オルビトリナ, 津波石
岩手県下閉伊郡田野畑村羅賀の丘陵(標高24 m,海岸線から約350 m)には二つの巨岩が近接して位置し,明治29年の三陸大津波で運ばれた津波石であると地元では伝承がされている.東側に位置する巨岩はほぼ直方体であり,そのサイズは長さ約2~3 m,幅約2 m,高さは少なくとも1.5 mで,重量は約20 tと推定される.この岩はカルカレナイトからなり,その表面に主に下部白亜系から産出する大型底生有孔虫の Orbitolina sp. が多数観察される.Orbitolina は宮古層群中のオルビトリナ相から産出するが,特に平井賀層の上部~最上部に Orbitolina が密集して産出する層準が含まれる.この層準は羅賀の湾口付近,ヒラナメ海岸に隣接した南西側の海岸に露出する.従ってこの巨岩は本来羅賀の湾口付近にあったと推定され,現在地まで,直線距離で約500 mを津波で運ばれたと考えられる.この距離を明治の三陸大津波の際の1回の津波で運ばれたのか,もしくは過去の複数の津波によって段階的に運ばれたのかは不明である.他方,今回の津波石の西側にある別の巨岩は,珪質頁岩やチャートの円礫,亜円礫を多量に含み,田野畑層下部の礫岩由来と考えられる.この巨岩は,隣接する南東側斜面に分布する同層から由来したと推測され,津波石ではない可能性が高い.田野畑村羅賀より南方約1.2 kmに位置するハイペ湾では,今回新たに多くの津波石が海岸に打ち上げられている.これらは主に湾の北西側に位置しており,今回の津波が宮城沖の震源(田野畑から見て南東方向)から由来したことと調和的である.一方羅賀の津波石は羅賀湾から西南西に位置し,明治三陸地震の震源が釜石沖であったことも合わせて考慮すると,津波が東方から由来したことを示唆している.