18:15 〜 19:30
[U06-P19] フォボスのグルーブ:3次元マッピングと統計解析を通じた形成過程の推察
キーワード:フォボス, グルーブ, 火星, 潮汐破壊, 衝突
火星の衛星であるフォボスは主星に最も近接した衛星である.近年ではフォボスは地球の衛星である月とは全く異なる起源が提案されている[1]が,このような距離で衛星が存在するために起源や進化を考えることは,一般に衛星を理解する上で重要である.またこの近さゆえ,主星と衛星の影響を調べる上でも最も適した天体であると考えられる.現時点で約3000枚の高解像度画像が蓄積されており,フォボスは最も多くの情報が取得されている小天体となった.
フォボスの表層で見られる顕著な特徴のひとつとして,グルーブと呼ばれる直線状の溝のような構造が挙げられる.不思議なことに火星のもう一つの衛星であるダイモスは,サイズ,スペクトル,軌道パラメータで類似した特徴をもっているにも関わらずグルーブは全く見られない.またグルーブは他の多くの小天体にも見られる地形であるが,定義すら曖昧で成因はよくわかっていない.そのため最も多くの情報が得られているフォボスを例にグルーブの形成過程を明らかにすれば,小天体全体の表層進化過程の理解にも大きく貢献するものと考えられる.
フォボスのグルーブの形成仮説として,詳細な2次元射影図上でマッピングすることで,火星の衝突で生じたイジェクタが二次衝突としてフォボスに衝突し,グルーブが形成したとする仮説が最も調和的であると示された[2].しかしながらこの仮説ではイジェクタが直線状に並ばないことや北半球にグルーブが形成されにくいことがシミュレーションにより示された[3].そのためグルーブの調和的な形成仮説は未だ存在しない.グルーブの形態的特徴を知る際,2次元データの解析は主流で便利であるが,反面グルーブの情報が特に極付近で歪んでしまうので,定量的な議論をするためにも新しい手法が求められる.
そこで我々は高解像度画像を丁寧に分析することで,488本のグルーブの位置や長さを確認し,これらをフォボスの3次元数値形状モデル上に投影した.その結果,すべてのグルーブが,たとえ一見複雑な形状にみえるグルーブであっても,それぞれ実際は1つの平面上に存在していることを見出した.定量的な解析が可能になったことで,グルーブは主に3種類(A,B,C型)に分類できることがわかった.
A,C型グルーブの存在する平面を解析したところ,この平面は黄道面と平行な面と比較的一致することがわかった.他方で黄道面から棒状に連なる小破片がフォボスに衝突したならば,衝突確率は理論的に火星の赤道面から離れたところで最も高いことが示される.この理論値と観測値の分布を比較したとき,類似した傾向があることがわかった.さらに,衝突頻度を考慮し,グルーブの形態を3次元モデルでシミュレートしたときも,観測事実と調和的な結果が得られた.以上の同値関係からA,C型グルーブは黄道面から小破片が衝突したことで形成されたと考える仮説が最も調和的であると我々は結論付けた.
小破片が直線状に並んでいなければグルーブとして認識されない.潮汐力により天体が破壊され,棒状に引き延ばされる現象は1994年に観測されたシューメーカー・リビー第9彗星が観測されており,我々は火星でもこのような現象が起きていると考え,数値シミュレーションを用いて検証をした.結果,適切なパラメータを与えれば小破片の軌道とフォボスが交差するときに小破片が棒状に引き延ばされることを確認できた.さらにこれがダイモスの軌道と交差ときには,小破片が拡散してしまい,直線とは認識されない結果を得ることができた.これはグルーブがフォボスにあってダイモスにはない説明の一つになりえると考えられる.
一方観測事実からB型グルーブについては,A,C型と比べて密で細くpit chainが少ないことが確認されており,さらに我々が解析したところ,衝突方向がフォボスの進行方向と一致すること,ほとんどのB型は北半球にしかない特徴があることが判明した.このことから我々は様々な仮説を検討,検証し,少なくとも2つの仮説がそれを満足するものであると考えた.そのうちの一つは火星にかつて環が存在したことで説明できる可能性を示唆し,同時にこのアイデアはフォボスの捕獲説を補完する説明にも繋がることを見出した.我々の仮説はフォボスのグルーブを調和的に説明できるばかりでなく,地質学的な観点から天体が捕獲されることを初めて示唆する重要な証拠になると考えられる.
本講演では,フォボスのグルーブが特徴的な形態をしているのは,フォボスが最も主星に近い天体であったためであり,フォボス特有の性質であることを説明する.
参考文献
[1]Craddock, R.A., 2011. Icarus, 211, 1150-1161
[2]Murray, J.B., Iliffe, J.C., 2011. Geomorphology. Geol, Soc, Spec, Publ., London, pp.21-41
[3]Ramslay, K.R., James, W. H., 2013. Planetary and Space Science, 69-95
フォボスの表層で見られる顕著な特徴のひとつとして,グルーブと呼ばれる直線状の溝のような構造が挙げられる.不思議なことに火星のもう一つの衛星であるダイモスは,サイズ,スペクトル,軌道パラメータで類似した特徴をもっているにも関わらずグルーブは全く見られない.またグルーブは他の多くの小天体にも見られる地形であるが,定義すら曖昧で成因はよくわかっていない.そのため最も多くの情報が得られているフォボスを例にグルーブの形成過程を明らかにすれば,小天体全体の表層進化過程の理解にも大きく貢献するものと考えられる.
フォボスのグルーブの形成仮説として,詳細な2次元射影図上でマッピングすることで,火星の衝突で生じたイジェクタが二次衝突としてフォボスに衝突し,グルーブが形成したとする仮説が最も調和的であると示された[2].しかしながらこの仮説ではイジェクタが直線状に並ばないことや北半球にグルーブが形成されにくいことがシミュレーションにより示された[3].そのためグルーブの調和的な形成仮説は未だ存在しない.グルーブの形態的特徴を知る際,2次元データの解析は主流で便利であるが,反面グルーブの情報が特に極付近で歪んでしまうので,定量的な議論をするためにも新しい手法が求められる.
そこで我々は高解像度画像を丁寧に分析することで,488本のグルーブの位置や長さを確認し,これらをフォボスの3次元数値形状モデル上に投影した.その結果,すべてのグルーブが,たとえ一見複雑な形状にみえるグルーブであっても,それぞれ実際は1つの平面上に存在していることを見出した.定量的な解析が可能になったことで,グルーブは主に3種類(A,B,C型)に分類できることがわかった.
A,C型グルーブの存在する平面を解析したところ,この平面は黄道面と平行な面と比較的一致することがわかった.他方で黄道面から棒状に連なる小破片がフォボスに衝突したならば,衝突確率は理論的に火星の赤道面から離れたところで最も高いことが示される.この理論値と観測値の分布を比較したとき,類似した傾向があることがわかった.さらに,衝突頻度を考慮し,グルーブの形態を3次元モデルでシミュレートしたときも,観測事実と調和的な結果が得られた.以上の同値関係からA,C型グルーブは黄道面から小破片が衝突したことで形成されたと考える仮説が最も調和的であると我々は結論付けた.
小破片が直線状に並んでいなければグルーブとして認識されない.潮汐力により天体が破壊され,棒状に引き延ばされる現象は1994年に観測されたシューメーカー・リビー第9彗星が観測されており,我々は火星でもこのような現象が起きていると考え,数値シミュレーションを用いて検証をした.結果,適切なパラメータを与えれば小破片の軌道とフォボスが交差するときに小破片が棒状に引き延ばされることを確認できた.さらにこれがダイモスの軌道と交差ときには,小破片が拡散してしまい,直線とは認識されない結果を得ることができた.これはグルーブがフォボスにあってダイモスにはない説明の一つになりえると考えられる.
一方観測事実からB型グルーブについては,A,C型と比べて密で細くpit chainが少ないことが確認されており,さらに我々が解析したところ,衝突方向がフォボスの進行方向と一致すること,ほとんどのB型は北半球にしかない特徴があることが判明した.このことから我々は様々な仮説を検討,検証し,少なくとも2つの仮説がそれを満足するものであると考えた.そのうちの一つは火星にかつて環が存在したことで説明できる可能性を示唆し,同時にこのアイデアはフォボスの捕獲説を補完する説明にも繋がることを見出した.我々の仮説はフォボスのグルーブを調和的に説明できるばかりでなく,地質学的な観点から天体が捕獲されることを初めて示唆する重要な証拠になると考えられる.
本講演では,フォボスのグルーブが特徴的な形態をしているのは,フォボスが最も主星に近い天体であったためであり,フォボス特有の性質であることを説明する.
参考文献
[1]Craddock, R.A., 2011. Icarus, 211, 1150-1161
[2]Murray, J.B., Iliffe, J.C., 2011. Geomorphology. Geol, Soc, Spec, Publ., London, pp.21-41
[3]Ramslay, K.R., James, W. H., 2013. Planetary and Space Science, 69-95