日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG21] 自然資源・環境の利用と管理

2015年5月27日(水) 14:15 〜 16:00 101A (1F)

コンビーナ:*上田 元(東北大学大学院環境科学研究科)、大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、座長:大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、上田 元(東北大学大学院環境科学研究科)

14:45 〜 15:00

[HGG21-03] 長野県飯田市における集落の特徴からみた獣害の発生要因

*橋本 操1 (1.筑波大学大学院生命環境科学研究科)

キーワード:集落の特徴, 獣害の要因, 長野県飯田市, ニホンジカ, ツキノワグマ, 野生動物管理

近年,野生動物が人里に侵入して生じる農林業被害や人身被害といった問題(以下,獣害)が顕著になっている.先行研究では,獣害の要因が明らかになるにつれ,野生動物が出没しにくい集落の環境整備という観点から,近年では野生動物の出没地点に関するミクロスケールでの自然・人文環境の分析が重視されてきた.しかし,獣害が発生する要因の地域性については検討されてこなかった.さらには,これらの先行研究は,ある一時点での被害状況と対策,環境などの静態的な分析にとどまりがちである.より長期的にみた野生動物の生息分布や個体数の変化を踏まえつつ,野生動物の生息環境の変化とその形成要因となる人間活動について空間的に解明するには至っていない.
そのため,本研究は野生動物の生息分布変化や里地里山利用などといった人間活動の変化を長期的かつ周年的に分析し,空間的に捉えることで,集落の特徴から獣害の発生要因を明らかにした.
研究対象地域は,長野県飯田市である.飯田市は,特色のある3地域(竜西・竜東・遠山地域)に分けることができ,これらの地域は獣害の傾向が異なっている.そのため,各地域から上郷地区,千代地区,上村地区の3つの事例地区を選定し,近代から現在までの人間による里地里山の利用変化を聞き取り調査,資料分析から検討した.また本研究では,野生動物の分布状況,生態的特徴,被害の特徴から,ニホンジカ(以下,シカ)とツキノワグマ(以下,クマ)による獣害を対象とする.
分析結果から,獣害の発生要因は一般的に,①集落に周年的にシカおよびクマが摂取できる餌が存在する,②高齢化や過疎化により耕作放棄地や空き家が増加したことや,農地が森林に隣接していることで,野生動物の進入経路が集落とその周辺に存在する,の2点にまとめることができた.これらの要因が発生した背景には,人間活動が奥山や里山で行なわれなくなり,里の中でのみ行なわれるようになったことが関係しており,野生動物の出没に対する集落の抵抗力が弱くなっていることが指摘できる.
しかしながら,本研究により,集落の特色によって野生動物による獣害の発生要因が現れるパターンが異なっていることが明らかとなった.上郷地区のような市街地の近郊集落では,大規模な農業により農作物の生産量が多く,集落に餌となる農作物が多く存在している.また,市街地に近いため標高が比較的低く,森林面積も小さい.加えて,里山が里と奥山とを分けるバッファーゾーンとして機能しなくなっており,野生動物の生息域と人間の生活範囲との緩衝帯がなくなり,被害が生じるようになっている.市街地の近郊集落と過疎集落の中間の集落に当たる千代地区のような集落は,過疎化や高齢化のために農業が衰退し,耕作放棄地の管理や被害対策が困難になっている.そのため,野生動物が侵入しやすい状況が生じている.また,農業が衰退しているものの依然として集落に餌となる農作物が多く存在しているため,野生動物を集落へ誘引している.そのため,被害が最も大きい.上村地区のような過疎集落は,市街地から遠く,周囲を森林に囲まれている.また,過疎化や高齢化が著しいため,農作物の生産性が低く,農業被害の規模としては小さい.しかしながら,過疎化や高齢化により野生動物への抵抗力が集落の中で最も衰えているため,家庭で栽培されている柿などの果樹や自家用の畑といった集落内部であっても被害が起きている.さらに,過疎集落は,以前は獣害の最前線であったが,過疎化が進行したことで,その最前線が中間集落や市街地の近郊集落へと移行してきていることが指摘できる.このように過疎集落がそれまでの獣害の最前線であった時には,過疎集落により中間集落や市街地の近郊集落へ獣害が広がることが阻止されていた.しかし,過疎集落の獣害への抵抗力が低下した現在においては,各集落において獣害対策を実施することがより重要になっている.