日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG56] 日本の原子力発電と地球科学:地震・火山科学の限界を踏まえて

2015年5月27日(水) 09:00 〜 10:45 103 (1F)

コンビーナ:*川勝 均(東京大学地震研究所)、金嶋 聰(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、末次 大輔(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター)、橋本 学(京都大学防災研究所)、座長:川勝 均(東京大学地震研究所)、末次 大輔(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター)

09:10 〜 09:25

[SCG56-01] 電力業界が地震リスク評価に干渉した4つの事例

*添田 孝史1 (1.なし)

原子力発電所の設計・運転継続の可否を判断するには、地震や津波のリスクを公正な手続きで評価することが不可欠である。しかし電力会社の業界団体である電気事業連合会(電事連)や東京電力が、政府や学会による地震リスク評価について、正当でない方法で干渉した事例が、1997年以降で少なくとも4例明らかになっている。
1. 建設省などが策定した「七省庁手引き」を改変しようとした(1997)
津波防災に関連する省庁(国土庁・農林水産省構造改善局・農林水産省水産庁・運輸省・気象庁・建設省・消防庁)は、「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」および「地域防災計画における津波防災対策の手引き」(以下、「七省庁手引き」)を1997年にまとめた。七省庁手引きは、最新の研究成果から想定される最大規模の津波を計算して既往最大の津波と比較し、「常に安全側の発想から対象津波を選定することが望ましい」と定めていた。七省庁手引きは、日本海溝沿いで津波地震がどこでも発生しうると想定し、福島第一原発の地点では、津波高さ約8.6mと推定していた。これは当時東電が想定していた3.5 mを大きく上回るものだった。
 電事連は七省庁手引きを改変するよう、事務局のあった建設省に圧力をかけようとした。1997年7月25日付けで電事連が資源エネルギー庁に送った文書は「最大規模の津波の数値を公表した場合、社会的に大きな混乱を生ずると考えられるから、公表は避けていただきたい」などと指示している。
2. 土木学会を利用して、安全率を削減し、津波地震を想定から外した(2002)
 1990年代までに設計された原発は、既往最大の津波しか想定していなかった。また津波予測の不確定性を補う安全余裕もほとんど考慮していなかった。1993年の北海道南西沖地震以降、このようなリスク評価の問題点が明らかになりつつあった。
 電事連は、これらの問題において電力業界の考え方を権威付けするため、土木学会原子力土木委員会の下に津波評価部会を1999年に設置。この部会は、津波地震を想定から外し、また不確定性を考慮した安全率を設けない「原子力発電所の津波評価技術」を2002年に策定した。部会のメンバーは過半数が電力会社など電力業界に属しており、部会の費用(約2億円)はすべて電力会社が負担した。部会に参加した研究者は、安全率を設けることを電力会社が受け入れなかったと証言している。
3. 耐震指針改訂における特定委員のサポート(2001~2006)
原発の安全審査に用いる「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を、原子力安全委員会が2006年に改訂した。改訂作業において、特定の委員を電事連がサポートし、電力業界の考えを代弁させた。具体的には、耐震設計上考慮すべき活断層の評価期間について「大幅に拡大すべき」という考え方に対して、「特定委員をサポートし、5万年で十分であることを主張していただく」「『13万年』案の代案として、現実に運用可能で、合理的評価により既存発電所への影響も少ない代案を検討し、同様に特定委員から分科会で提示いただく予定」と電事連の資料に残されている。
4.長期評価の表現を書き換えさせた(2011)
地震調査研究推進本部は、日本海溝の地震について、長期評価の改訂を2009年から進めていた。これを一般に公表する前(2011年3月3日)に、東電と日本原電、東北電力の3社に見せている。
東電は「貞観地震が繰り返し発生しているかのようにも読めるので、表現を工夫していただきたい」と要望した。地震本部事務局の担当者は「繰り返し発生しているかについては、これらを判断するのに適切なデータが十分でないため、さらなる調査研究が必要である」という一文を加える修正案を事務局の独断で作った。この文言を加えれば長期評価の不確実性が高いように読める。地震本部事務局は「3月3日の会合以外は、電力会社に事前に長期評価を見せたことはない」と説明しているが、十分な調査がなされたのかわからない。
電力業界は強い政治力と資金力を持つ。彼らによる不当な干渉や圧力を避けるためには、リスク評価プロセスの透明性を、一層高めなければならない。また利益相反も明確にする必要がある。東電は、原発の規制にかかわる地震の専門家と面談するたびに、「技術指導料」(謝礼)を渡す慣習を長年続けて来た。奨学寄付金や共同研究など、すでに情報公開の対象になっている費目だけでなく、製薬業界が実施している「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」に準じて、技術指導料や原稿料、講演謝礼、会食費、交通費などまで開示項目を広げるべきだろう。地球科学の研究者たちが、より社会の信頼を得るためにも望ましいと考える。