日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT07] 地球生命史

2016年5月25日(水) 10:45 〜 12:15 303 (3F)

コンビーナ:*本山 功(山形大学理学部地球環境学科)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)、座長:本山 功(山形大学理学部地球環境学科)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)

11:45 〜 12:00

[BPT07-11] 個別アミノ酸窒素同位体比を用いた栄養段階推定法は化石に応用できるのか?~初期続成が及ぼす殻体内アミノ酸の変質に着目して~

*兀橋 大二郎1ジェンキンズ ロバート2後藤(桜井) 晶子2力石 嘉人3長谷川 卓2 (1.金沢大学大学院自然科学研究科自然システム学専攻、2.金沢大学理工研究域自然システム学系、3.海洋研究開発機構)

キーワード:栄養段階、化石、アミノ酸、安定窒素同位体比、初期続成

近年,生物の個別アミノ酸の安定窒素同位体比を利用した新しい栄養段階推定法が主として現生試料をもとに確立されてきた(Chikaraishi et al. 2009; Limnol Oceanogr Meth).従来の全窒素同位体比では,生態系における一次生産者の安定窒素同位体比を測定する必要があったたが,新手法では栄養段階を求めたい生物のアミノ酸のみから栄養段階を推定できる.このため,一次生産者が不明である化石においても栄養段階を推定できる可能性が高い.化石試料では硬組織中に含まれるアミノ酸が分析対象となり,実際にNaito et al. (2010; Am J Phys Anthropol)は縄文時代の考古試料に適用した.化石アミノ酸を用いて議論を行う際には,その続成(生物侵食,アミノ酸の分解,アミノ酸のラセミ化,熱熟成など)による変質について十分な検討が必要となる.そこで本研究では,特に生物の生存中から数千年の間におきる化石アミノ酸の初期続成作用に注目して,試料の選別方法および初期続成による個別アミノ酸の安定窒素同位体比への影響について調査した.
本研究では栄養段階が2.0と予想される藻類食の現生および化石サザエの殻とふたを研究対象にした.現生試料は,石川県羽咋沿岸産及び千葉県金田海岸産の試料を,化石試料は神奈川県由比ヶ浜遺跡(約800年前)産と福井県鳥浜貝塚(約4000年前)産の試料を利用した.一部の現生サザエは,熱による殻と殻体内アミノ酸の保存状態を評価するために200℃と400℃で加熱した(24時間,1気圧).各サンプルは殻の部位ごとにわけて,SEM観察,XRD分析,殻体内アミノ酸の定性分析,光学異性体比分析によって保存状態を評価し,その後試料を選別してアミノ酸の窒素同位体比分析した.
サザエの殻は三層(外層,中層,内層)に分かれており,それぞれ混合稜柱構造,真珠構造,不規則稜柱構造であった.中層,内層はアラゴナイトの結晶相からなり,外層はアラゴナイトとカルサイトの結晶相であることが示された.一部のサザエには微生物侵食が見られ,アミノ酸組成がやや変化していた.200℃加熱試料は初生的な微細構造を保っていたが一部のアミノ酸は消失していた.400℃加熱試料においては,真珠構造を構成する各タブレットは溶解・再結晶しており,アミノ酸は完全になくなっていた.化石サザエはいずれも外層,内層の保存が悪かったが,中層は結晶構造及びアミノ酸組成が保存されており,時代が古いサンプルほどアミノ酸のラセミ化が進んでいた.
外層から検出されたカルサイトは付着生物由来である可能性が高く,生存時および地層に埋没するまでの付着生物由来の有機物が混入している可能性を排除できないため外層はアミノ酸の分析対象から除外すべきである.また,中層は有機物が最も豊富に含まれているが微生物侵食を受けており,微生物由来のアミノ酸が混入している可能性がある.
以上の観察および考察にもとづいて,殻体内の個別アミノ酸窒素同位体比を測定する試料を選別した.すなわち,現生試料では微生物侵食のある中層と侵食のない中層,ふた,200℃に加熱した中層を,化石試料では微細構造が保たれている鎌倉時代と縄文時代の中層とふたをそれぞれ分析した.なお,現生試料の微生物侵食が認められた試料についてはあらかじめ洗浄し,微生物の影響を除去するように努めた.これらの試料の分析の結果,すべての試料において栄養段階がほぼ予想通りの値である2となった.これにより,初期続成作用を被った化石試料においても,各種観察および分析による試料の選別および適切な前処理を行うことによって栄養段階を推定することが可能であることが示された.また,200℃程度の熱を被っても栄養段階の推定が可能であることが加熱実験から示された.ようするに本研究は個別アミノ酸窒素同位体比による栄養段階推定法が化石試料においても利用可能であることを示し,地質時代の食物網復元への端緒をつかんだと言える.今後,後期続成過程によるアミノ酸の変質などを検討し,億年スケールでの古生態系復元の可能性を検討していく.