17:15 〜 18:30
[G03-P04] 医史学的資料から見出されたリン酸マグネシウム鉱物(予報)
キーワード:医史学的資料、リン酸マグネシウム鉱物、newberyite
はじめに
江戸東京博物館が所蔵している江戸時代の町医者井上貫流の資料中に患者の吐しゃ物から発見された2つの小石のようなものがある. 井上貫流(1740~1812)は江戸時代後期の兵学者であり, また, 町医者である. 貫流が書き残した書付によると, 1つは, 安永5年(1776)頃に貫流が治療していた江戸の町人の妻が吐き出したもので, もう1つは天明3年(1783)に江戸近郊の村に住む大工の妻が吐き出したものという. 井上貫流の残した古文書類は当時の町医者事情を知る貴重な資料として期待されるため, 科警研と順天堂大学で小石様の資料がどのような物質であるか検査を実施することとなった. これまでの検査の結果, この資料はリン酸マグネシウム鉱物を含むと推定された. 現在までに得られた知見を報告する.
試料と実験
小石様のものは多孔質で層状の構造を有する直径約1.5㎝のやや扁平な球形で, やや灰色がかった淡褐色を呈し, 表面には光沢がある. 検査には資料をそのまま(以下『非破壊試料』という), または表面のごく一部を採取したもの(以下「粉末試料」という)を用いた.
主成分元素の定性分析には蛍光X線分析(XRF, アメテック社製Orbis)および走査型電子顕微鏡付属エネルギー分散型X線分析装置(SEM/EDX, 日本電子社製JSM-6610LV/オックスフォード・インスツルメンツ社製INCA Energy)を使用し, 物質同定にはX線回折(XRD, リガク社製SmartLab)および赤外分光分析(FT-IR, 日本分光製FT/IR6100)を実施した.
XRFの分析は, 大気雰囲気においてX線照射径30μmで非破壊試料をスポット測定し, その結果, リン, イオウおよびカルシウムを検出した. また, SEM/EDXではアルミ試料台にカーボンテープで固定した粉末試料を炭素蒸着したものを使用し, 高真空で分析したところ, リンとマグネシウムが主成分元素として検出された. いずれの分析においても, 各元素が明瞭なピークとして認められたことから資料は無機物であり, また, リンが検出されたことからリン酸塩鉱物である可能性が示唆された.
非破壊試料をX線回折で分析したところ, newberyiteとstruviteのピークを検出した. これらはいずれもリン酸マグネシウム水和物である. また, 粉末試料を臭化カリウム錠剤法で測定したFT-IRの結果は主成分と推定されるnewberyiteと同じ, リン酸マグネシウム3水和物のスペクトルとほぼ一致した. このことから, 本資料はnewberyiteを主成分とし, struviteを含有すると考えられる.
考察と課題
今回検出された, newberyiteは天然には洞窟内のバットグアノ中などに含まれることが報告されており(Karkanas et al. 2002など), ヒトを含む哺乳類ではリン酸カルシウムやstruviteとともに結石として晶出する例が知られている(Gibson 1974, 大村ら 1959). 今回, 分析した資料は吐しゃ物であることから患者の結石とは考えられない. 一方, newberyiteを含有する堆積物は国内では報告例が見られず, また, 外国で報告されている例においても堆積物中に微細な結晶として産出しているものがほとんどである.
今回, 分析を行ったのは資料のごく表面部分のみであり, また, XRFではカルシウムが検出されているが, その由来は不明である. 今後, カルシウムの由来についても検討を行い, 本資料の由来の推定を進めたい.
参考文献
Gibson (1974) American Mineralogist, 59, 1177-1182.
Karkanas et al. (2002) Journal of Archaeological Science, 29, 721-732.
大村ら(1959) 泌尿器科紀要, 5, 1073-1078.
江戸東京博物館が所蔵している江戸時代の町医者井上貫流の資料中に患者の吐しゃ物から発見された2つの小石のようなものがある. 井上貫流(1740~1812)は江戸時代後期の兵学者であり, また, 町医者である. 貫流が書き残した書付によると, 1つは, 安永5年(1776)頃に貫流が治療していた江戸の町人の妻が吐き出したもので, もう1つは天明3年(1783)に江戸近郊の村に住む大工の妻が吐き出したものという. 井上貫流の残した古文書類は当時の町医者事情を知る貴重な資料として期待されるため, 科警研と順天堂大学で小石様の資料がどのような物質であるか検査を実施することとなった. これまでの検査の結果, この資料はリン酸マグネシウム鉱物を含むと推定された. 現在までに得られた知見を報告する.
試料と実験
小石様のものは多孔質で層状の構造を有する直径約1.5㎝のやや扁平な球形で, やや灰色がかった淡褐色を呈し, 表面には光沢がある. 検査には資料をそのまま(以下『非破壊試料』という), または表面のごく一部を採取したもの(以下「粉末試料」という)を用いた.
主成分元素の定性分析には蛍光X線分析(XRF, アメテック社製Orbis)および走査型電子顕微鏡付属エネルギー分散型X線分析装置(SEM/EDX, 日本電子社製JSM-6610LV/オックスフォード・インスツルメンツ社製INCA Energy)を使用し, 物質同定にはX線回折(XRD, リガク社製SmartLab)および赤外分光分析(FT-IR, 日本分光製FT/IR6100)を実施した.
XRFの分析は, 大気雰囲気においてX線照射径30μmで非破壊試料をスポット測定し, その結果, リン, イオウおよびカルシウムを検出した. また, SEM/EDXではアルミ試料台にカーボンテープで固定した粉末試料を炭素蒸着したものを使用し, 高真空で分析したところ, リンとマグネシウムが主成分元素として検出された. いずれの分析においても, 各元素が明瞭なピークとして認められたことから資料は無機物であり, また, リンが検出されたことからリン酸塩鉱物である可能性が示唆された.
非破壊試料をX線回折で分析したところ, newberyiteとstruviteのピークを検出した. これらはいずれもリン酸マグネシウム水和物である. また, 粉末試料を臭化カリウム錠剤法で測定したFT-IRの結果は主成分と推定されるnewberyiteと同じ, リン酸マグネシウム3水和物のスペクトルとほぼ一致した. このことから, 本資料はnewberyiteを主成分とし, struviteを含有すると考えられる.
考察と課題
今回検出された, newberyiteは天然には洞窟内のバットグアノ中などに含まれることが報告されており(Karkanas et al. 2002など), ヒトを含む哺乳類ではリン酸カルシウムやstruviteとともに結石として晶出する例が知られている(Gibson 1974, 大村ら 1959). 今回, 分析した資料は吐しゃ物であることから患者の結石とは考えられない. 一方, newberyiteを含有する堆積物は国内では報告例が見られず, また, 外国で報告されている例においても堆積物中に微細な結晶として産出しているものがほとんどである.
今回, 分析を行ったのは資料のごく表面部分のみであり, また, XRFではカルシウムが検出されているが, その由来は不明である. 今後, カルシウムの由来についても検討を行い, 本資料の由来の推定を進めたい.
参考文献
Gibson (1974) American Mineralogist, 59, 1177-1182.
Karkanas et al. (2002) Journal of Archaeological Science, 29, 721-732.
大村ら(1959) 泌尿器科紀要, 5, 1073-1078.