日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG27] 環境問題の現場におけるScientistsとStakeholdersとの協働

2016年5月22日(日) 09:00 〜 10:30 102 (1F)

コンビーナ:*近藤 昭彦(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)、木本 浩一(摂南大学・外国語学部)、手代木 功基(総合地球環境学研究所)、座長:近藤 昭彦(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)

09:15 〜 09:30

[HCG27-02] 超学際科学に基づく順応的流域ガバナンス:生物多様性が駆動する栄養循環と人間のしあわせ

*奥田 昇1 (1.総合地球環境学研究所)

キーワード:栄養バランスの不均衡、社会関係資本、生物多様性、超学際科学、Human well-being、流域ガバナンス

1.研究背景
物質的に豊かな現代社会では、モノを大量に生産・消費する過程で、窒素やリンなどの栄養素が自然界に過剰に排出される。これによって生じる「栄養バランスの不均衡」は、世界中の流域生態系において富栄養化を引き起こす地球環境問題と認識されている。さらに、富栄養化に起因する生物多様性の損失によって、生態系機能の低下と生態系サービスの劣化が懸念されている。問題の根本的な解決には、社会・経済活動のなかに、生物多様性の保全と持続可能な利用を組み込むこと(生物多様性の主流化)が必要とされ、地域の実情に即した多様なステークホルダーとの協働が提唱されている。
この錯綜する社会・環境問題を解決するために、演者は、「生物多様性が駆動する栄養循環と社会-生態システムの健全性」と題する研究プロジェクトを主宰する。本講演では、栄養バランスの不均衡によって生じる地球環境問題を解決する手段として、「順応的流域ガバナンス」というアプローチを提案する。
2.概念と仮説
流域の富栄養化を解消することは環境行政の重要な課題の1つであるが、住民は常に富栄養化問題を意識しながら行動しているわけではない。私たちは、日々の暮らしの中で直面するさまざまな課題を克服しながら、究極的には「しあわせ(Well-being)」になるために生きている。ここに、住民の「しあわせ」の向上と栄養バランスの回復が好循環を生み出す順応的流域ガバナンスのプロセスに関する作業仮説を提案する(図1)。
この流域ガバナンスは、失われつつある地域の自然の価値を見直し、住民と協働して、その再生に取り組むことから着手する(図1-①)。活動の参加者は、仲間たちと地域の価値に共感・共鳴した瞬間(図1-②)、「しあわせ」を実感する(主観的幸福感)かもしれない(図1-③)。また、自然再生によって生物多様性が豊かになると、それ自身の「栄養循環機能」の向上によって流域の栄養バランスが回復するかもしれない(図1-④)。有限の栄養資源を流域圏で循環利用することは、持続可能な社会の必須条件ともいえる。この持続可能性を担保する流域圏社会-生態システムを公共圏とみなし、人と自然の望ましい関係の構築に資する環境知を多様なステークホルダーと醸成する過程で地域の自然再生活動が流域社会全体に公共的な価値をもたらすという意識を共有できれば、その恩恵にあずかる流域住民は地域の活動を間接・直接に支援するかもしれない(図1-⑤)。本プロジェクトでは、生物多様性を媒介として、地域の絆(結束型社会関係資本)が強まること(図1-③)、および、地域外の多様なステークホルダーとの交流(架橋型社会関係資本)が深まること(図1-⑥)が「しあわせ」の向上に資するか否か検証する。
3.方法
アジアの両極端な2つの流域社会、すなわち、経済発展を遂げ技術や政策によって環境負荷を低減するインフラ型低負荷社会と位置づけられる日本の琵琶湖流域、および、人口過密や貧困を背景として環境汚染が深刻化する開発途上型高負荷社会と位置づけられるフィリピンのラグナ湖流域において、順応的流域ガバナンスを実践する。これら2つの流域社会の上・中・下流にモデル地域を設定し、各地域で取り組む自然再生活動に焦点を当てながら、上記仮説の検証を試みる。最終的に、流域間比較を通して、順応的流域ガバナンスの共通性と相違点を抽出し、さまざまな流域社会に適用可能な汎用性の高い手法の確立をめざす。本講演では、地域活動が進展している琵琶湖流域の研究事例を紹介したい。
4.展望
本プロジェクトで定義する「流域圏社会-生態システムの健全性」とは、「人と自然のつながり」や「人と人のつながり」を育み、地域の自然がもたらす価値を未来に引き継ぐことにほかならない。この健全性を高めつつ、地域の課題を解決することと流域スケールで栄養バランスを回復することが両立しうるガバナンスの社会実装をめざす。このガバナンスを成功に導くには、私たち研究者が流域社会の一員として、多様なステークホルダーと問題意識を共有し、その解決に向けて共に学び、新しい環境知(人と自然の望ましい関係の構築)を創発する「超学際科学」のアプローチが必要不可欠である(図1-⑦)。
先進国は、環境政策や科学技術によって富栄養化を克服してきた。高度経済成長期に比べて、河川環境は劇的に改善されたが、川辺で遊ぶ人の姿はめっきり減少した。水道や下水道の普及によって、私たちの暮らしは便利で快適になったが、生活世界の水辺は遠ざかってしまったように感じる。インフラによって安心・安全が保障される現在の暮らしは、はたして「しあわせ」といえるだろうか?さまざまな地域とさまざまな流域社会の比較を通して、「しあわせ」とは何か?未来可能な社会とは何か?その答えを多様なステークホルダーとともに考えたい。