17:15 〜 18:30
[MIS17-P18] 近世日本における気候変動が米収量に及ぼす影響の評価 — 樹木年輪と免定に基づく解析
キーワード:樹木年輪、古文書、米収量
(はじめに)
近年、樹木年輪などの高分解能古気候データと、考古学・歴史学の知見を重ね合わせて両者の関連を解析する研究が進められている。例えば、東南アジアの樹木年輪データを用いた研究では、アンコール王朝の崩壊に30年規模の旱魃と洪水が寄与した可能性が示された(Buckley et al., 2010)。しかし、気候変動から文明の崩壊に至る過程は単純ではなく、特に人の生存に直結する食料に関わる記録が収集困難なので、気候変動から社会応答に至る過程を詰め切れていないのが現状である。一方で、近世の日本は、同時代の他国と比較して古文書の数が圧倒的に多いこともあり、食料生産量が推定できる免定(租税書類)を全国各地から収集可能なので、農業生産を気候変動と関連づけて解析し、近世の社会構造を考察することができる。そこで本研究では、樹木年輪から復元した古気候と、免定から復元した米収量を直接比較することで、気候変動が農業生産に及ぼす影響を評価した。
(方法)
中部日本で収集した複数の樹木年輪サンプルを材料とし、その酸素同位体比を1年単位の分解能で測定して当地の夏季降水量を復元した。他方、琵琶湖岸の4ヶ村(知内村、本堅田村、木濱村、大濱村)で収集した免定(地方支配の役人が、毎年の年貢高を決定して村宛てに発行した徴税令書)から、近世(17〜19世紀)における残高(課税対象となる石高)の数値を1年単位で抽出して時系列データに変換した。毎年の米の収量は、気象などの自然災害の影響を受けるので、当年の稲の実り具合を勘案して税額が決められるため、上記のように免定を調べることにより米収量が復元可能となる。
(結果・考察)
中部日本の年輪酸素同位体比と、琵琶湖岸の村々から収集した免定の残高(米収量の指標)の経年変動を比較したところ、両者の間に有意な正の相関関係を認めた。すなわち、『降水量の多い年(年輪酸素同位体比が低い年)は、琵琶湖の湖水面が上昇するので、水田が水没して収量が落ちる』と解釈できた。免定には、税額(年貢高)を減らす理由(水没など)と算出根拠も記載されているが、実際にその記録とも整合していた。さらに興味深いことに、度重なる水田の水没を克服するため、琵琶湖からの流出河川である瀬田川を浚渫したことも分かっており(瀬田川浚え)、気候変動に対する具体的な社会応答を観ることができた。
(引用文献)
Buckley, B. M., K. J. Anchukaitis, D. Penny, R. Fletcher, E. R. Cook, M. Sano, L. C. Nam, A. Wichienkeeo, T. T. Minh, and T. M. Hong (2010), Climate as a contributing factor in the demise of Angkor, Cambodia, PNAS, 107, 6748-6752.
近年、樹木年輪などの高分解能古気候データと、考古学・歴史学の知見を重ね合わせて両者の関連を解析する研究が進められている。例えば、東南アジアの樹木年輪データを用いた研究では、アンコール王朝の崩壊に30年規模の旱魃と洪水が寄与した可能性が示された(Buckley et al., 2010)。しかし、気候変動から文明の崩壊に至る過程は単純ではなく、特に人の生存に直結する食料に関わる記録が収集困難なので、気候変動から社会応答に至る過程を詰め切れていないのが現状である。一方で、近世の日本は、同時代の他国と比較して古文書の数が圧倒的に多いこともあり、食料生産量が推定できる免定(租税書類)を全国各地から収集可能なので、農業生産を気候変動と関連づけて解析し、近世の社会構造を考察することができる。そこで本研究では、樹木年輪から復元した古気候と、免定から復元した米収量を直接比較することで、気候変動が農業生産に及ぼす影響を評価した。
(方法)
中部日本で収集した複数の樹木年輪サンプルを材料とし、その酸素同位体比を1年単位の分解能で測定して当地の夏季降水量を復元した。他方、琵琶湖岸の4ヶ村(知内村、本堅田村、木濱村、大濱村)で収集した免定(地方支配の役人が、毎年の年貢高を決定して村宛てに発行した徴税令書)から、近世(17〜19世紀)における残高(課税対象となる石高)の数値を1年単位で抽出して時系列データに変換した。毎年の米の収量は、気象などの自然災害の影響を受けるので、当年の稲の実り具合を勘案して税額が決められるため、上記のように免定を調べることにより米収量が復元可能となる。
(結果・考察)
中部日本の年輪酸素同位体比と、琵琶湖岸の村々から収集した免定の残高(米収量の指標)の経年変動を比較したところ、両者の間に有意な正の相関関係を認めた。すなわち、『降水量の多い年(年輪酸素同位体比が低い年)は、琵琶湖の湖水面が上昇するので、水田が水没して収量が落ちる』と解釈できた。免定には、税額(年貢高)を減らす理由(水没など)と算出根拠も記載されているが、実際にその記録とも整合していた。さらに興味深いことに、度重なる水田の水没を克服するため、琵琶湖からの流出河川である瀬田川を浚渫したことも分かっており(瀬田川浚え)、気候変動に対する具体的な社会応答を観ることができた。
(引用文献)
Buckley, B. M., K. J. Anchukaitis, D. Penny, R. Fletcher, E. R. Cook, M. Sano, L. C. Nam, A. Wichienkeeo, T. T. Minh, and T. M. Hong (2010), Climate as a contributing factor in the demise of Angkor, Cambodia, PNAS, 107, 6748-6752.