日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS17] 古気候・古海洋変動

2016年5月23日(月) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、池原 実(高知大学海洋コア総合研究センター)、岡 顕(東京大学大気海洋研究所)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、北場 育子(立命館大学古気候学研究センター)、北村 晃寿(静岡大学理学部地球科学教室)、佐野 雅規(総合地球環境学研究所)、多田 隆治(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、中川 毅(立命館大学)、林田 明(同志社大学理工学部環境システム学科)

17:15 〜 18:30

[MIS17-P18] 近世日本における気候変動が米収量に及ぼす影響の評価 — 樹木年輪と免定に基づく解析

*佐野 雅規1鎌谷 かおる1中塚 武1 (1.総合地球環境学研究所)

キーワード:樹木年輪、古文書、米収量

(はじめに)
近年、樹木年輪などの高分解能古気候データと、考古学・歴史学の知見を重ね合わせて両者の関連を解析する研究が進められている。例えば、東南アジアの樹木年輪データを用いた研究では、アンコール王朝の崩壊に30年規模の旱魃と洪水が寄与した可能性が示された(Buckley et al., 2010)。しかし、気候変動から文明の崩壊に至る過程は単純ではなく、特に人の生存に直結する食料に関わる記録が収集困難なので、気候変動から社会応答に至る過程を詰め切れていないのが現状である。一方で、近世の日本は、同時代の他国と比較して古文書の数が圧倒的に多いこともあり、食料生産量が推定できる免定(租税書類)を全国各地から収集可能なので、農業生産を気候変動と関連づけて解析し、近世の社会構造を考察することができる。そこで本研究では、樹木年輪から復元した古気候と、免定から復元した米収量を直接比較することで、気候変動が農業生産に及ぼす影響を評価した。
(方法)
中部日本で収集した複数の樹木年輪サンプルを材料とし、その酸素同位体比を1年単位の分解能で測定して当地の夏季降水量を復元した。他方、琵琶湖岸の4ヶ村(知内村、本堅田村、木濱村、大濱村)で収集した免定(地方支配の役人が、毎年の年貢高を決定して村宛てに発行した徴税令書)から、近世(17〜19世紀)における残高(課税対象となる石高)の数値を1年単位で抽出して時系列データに変換した。毎年の米の収量は、気象などの自然災害の影響を受けるので、当年の稲の実り具合を勘案して税額が決められるため、上記のように免定を調べることにより米収量が復元可能となる。
(結果・考察)
中部日本の年輪酸素同位体比と、琵琶湖岸の村々から収集した免定の残高(米収量の指標)の経年変動を比較したところ、両者の間に有意な正の相関関係を認めた。すなわち、『降水量の多い年(年輪酸素同位体比が低い年)は、琵琶湖の湖水面が上昇するので、水田が水没して収量が落ちる』と解釈できた。免定には、税額(年貢高)を減らす理由(水没など)と算出根拠も記載されているが、実際にその記録とも整合していた。さらに興味深いことに、度重なる水田の水没を克服するため、琵琶湖からの流出河川である瀬田川を浚渫したことも分かっており(瀬田川浚え)、気候変動に対する具体的な社会応答を観ることができた。
(引用文献)
Buckley, B. M., K. J. Anchukaitis, D. Penny, R. Fletcher, E. R. Cook, M. Sano, L. C. Nam, A. Wichienkeeo, T. T. Minh, and T. M. Hong (2010), Climate as a contributing factor in the demise of Angkor, Cambodia, PNAS, 107, 6748-6752.