15:00 〜 15:15
[SVC47-30] 箱根山の火山活動に伴う火山ガスの時間変化
キーワード:火山ガス、箱根山、マグマ
序
箱根山では数年毎に火山性地震が群発する.例えば2001年6月から10月にかけて発生した地震活動は活発で,中央火口丘の地下で体積膨張が観測され,山体に地殻変動をもたらした.この地殻変動は,深さ7kmの球状圧力源と,大涌谷および駒ケ岳の浅部における潜在的な開口割れ目により説明された(代田ほか,2009).2001年7月には大涌谷に掘削されていたボーリング孔の蒸気放出圧力が異常に増大した(辻内ほか,2003).2015年4月末から群発地震が始まり,6月30日に小規模な水蒸気噴火が発生した.同年9月までに地震活動は急速に衰え,その後は平静な状態が継続している.
火山ガスの採取
大涌谷地熱地帯の自然噴気を2地点において2013年5月からほぼ毎月2016年2月まで繰り返し採取・分析した.採取地点のひとつは,駐車場の 南東200mにある噴気で,ここでは定点と呼ぶ.二か所目は,駐車場の北方500mの山麓にある噴気で,近年になり出現した.この噴気を新噴気と呼ぶ.新噴気の周辺では,樹木が枯死している.両者とも,噴気の出口温度は96℃前後であり,水の沸点に近い.定点の噴気は,温泉水の湧出を伴うが,新噴気では,相対的に蒸気の放出が多い.
結果・考察
2015年の群発地震は4月26日に始まったが,我々はその2日前に噴気の採取をしていた.その際の噴気地帯の外観は通常と全く変わらなかった.通常と異なった事として,定点の噴気で空気の混入が大きく,噴気の採取中に,真空瓶の内圧が急速に上昇し,十分な量の噴気を導入することができなかった点が挙げられる. 4月26日のCO2/H2S比は,定点と新噴気で,それぞれ,3.6,20であった.群発地震開始後の5月8日にそれらは,それぞれ,4.4と31に増加していた.その後,CO2/H2S比は上昇を続け,小規模な水蒸気噴火が観測された6月30日に新噴気の値は59に達した.興味深いことに,この59という値は,代田(2013)が群発地震の最中であった2013年2月26日に新噴気で観測した58という値とほぼ一致している.CO2/H2S比は7月以降,なだらかに低下し,2016年2月15日時点で,定点,新噴気がそれぞれ,3.9,29まで低下した.CO2/H2S比の変動はCO2/H2O比の変動と平行しており,これらの比の変化の原因はCO2濃度の変化と解釈できる.
定点の噴気に含まれるH2Oの同位体比には群発地震の前兆とみなされる変動が観測された.2015年1月20日にdDは-51‰であったが,その後急激に低下し,4月24日には-67‰に達した.群発地震開始後の5月8日には-56‰まで回復した.この同位体比の変化は,群発地震まえに噴気を形成している浅部熱水系で,マグマ起源のH2Oの比率が低下し,地下水の寄与が大きくなったことを意味している.定点の噴気に関し,同位体比と類似した変化としてHe/N2比を挙げることができる.2014年12月19日にHe/N2比は3.3×10-4であったが,急速に低下し,4月24日には1.1×10-5まで低下した.群発地震開始後の5月8日には2.8×10-4まで回復した.同位体比とHe/N2比の前兆的な変化は,浅部熱水系に対するマグマ起源のH2Oの供給率が低下し,熱水系の圧力が低下し,空気の混入が起きたことを示唆する.マグマ起源のH2Oの供給率の低下は以下のように解釈することができる.
2015年1月では,マグマから放出されるガスは浅部熱水系に供給され,その熱水系から地表に噴気が放出され,両者の流量は均衡していた.しかし,2015年2月からマグマを取り囲むシーリングゾーンが発達し,マグマから放出されるガスはシーリングゾーン内に蓄積し,マグマを圧迫した.ここでシーリングゾーンとは,R.O.Frunier(1999)が提案した概念で,マグマ性ガスの通路が二次鉱物(明礬石,黄鉄鉱,シリカ,硬石膏など)の沈積により自己閉塞する現象である.シーリングゾーンに阻まれ,2015年2月から4月にかけてマグマ性ガスに含まれる水蒸気の流量が減少し,天水起源地下水との混合の結果生じる噴気のδD減少を招いた.2015年4月下旬にシーリングゾーンは内部のガス圧増加により破壊し,マグマ性ガスが一気に浅部熱水系に注入された.これが群発地震を引き起こし,小規模な水蒸気噴火の原因となった.
謝辞
本研究は文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」の支援を受けました.
箱根山では数年毎に火山性地震が群発する.例えば2001年6月から10月にかけて発生した地震活動は活発で,中央火口丘の地下で体積膨張が観測され,山体に地殻変動をもたらした.この地殻変動は,深さ7kmの球状圧力源と,大涌谷および駒ケ岳の浅部における潜在的な開口割れ目により説明された(代田ほか,2009).2001年7月には大涌谷に掘削されていたボーリング孔の蒸気放出圧力が異常に増大した(辻内ほか,2003).2015年4月末から群発地震が始まり,6月30日に小規模な水蒸気噴火が発生した.同年9月までに地震活動は急速に衰え,その後は平静な状態が継続している.
火山ガスの採取
大涌谷地熱地帯の自然噴気を2地点において2013年5月からほぼ毎月2016年2月まで繰り返し採取・分析した.採取地点のひとつは,駐車場の 南東200mにある噴気で,ここでは定点と呼ぶ.二か所目は,駐車場の北方500mの山麓にある噴気で,近年になり出現した.この噴気を新噴気と呼ぶ.新噴気の周辺では,樹木が枯死している.両者とも,噴気の出口温度は96℃前後であり,水の沸点に近い.定点の噴気は,温泉水の湧出を伴うが,新噴気では,相対的に蒸気の放出が多い.
結果・考察
2015年の群発地震は4月26日に始まったが,我々はその2日前に噴気の採取をしていた.その際の噴気地帯の外観は通常と全く変わらなかった.通常と異なった事として,定点の噴気で空気の混入が大きく,噴気の採取中に,真空瓶の内圧が急速に上昇し,十分な量の噴気を導入することができなかった点が挙げられる. 4月26日のCO2/H2S比は,定点と新噴気で,それぞれ,3.6,20であった.群発地震開始後の5月8日にそれらは,それぞれ,4.4と31に増加していた.その後,CO2/H2S比は上昇を続け,小規模な水蒸気噴火が観測された6月30日に新噴気の値は59に達した.興味深いことに,この59という値は,代田(2013)が群発地震の最中であった2013年2月26日に新噴気で観測した58という値とほぼ一致している.CO2/H2S比は7月以降,なだらかに低下し,2016年2月15日時点で,定点,新噴気がそれぞれ,3.9,29まで低下した.CO2/H2S比の変動はCO2/H2O比の変動と平行しており,これらの比の変化の原因はCO2濃度の変化と解釈できる.
定点の噴気に含まれるH2Oの同位体比には群発地震の前兆とみなされる変動が観測された.2015年1月20日にdDは-51‰であったが,その後急激に低下し,4月24日には-67‰に達した.群発地震開始後の5月8日には-56‰まで回復した.この同位体比の変化は,群発地震まえに噴気を形成している浅部熱水系で,マグマ起源のH2Oの比率が低下し,地下水の寄与が大きくなったことを意味している.定点の噴気に関し,同位体比と類似した変化としてHe/N2比を挙げることができる.2014年12月19日にHe/N2比は3.3×10-4であったが,急速に低下し,4月24日には1.1×10-5まで低下した.群発地震開始後の5月8日には2.8×10-4まで回復した.同位体比とHe/N2比の前兆的な変化は,浅部熱水系に対するマグマ起源のH2Oの供給率が低下し,熱水系の圧力が低下し,空気の混入が起きたことを示唆する.マグマ起源のH2Oの供給率の低下は以下のように解釈することができる.
2015年1月では,マグマから放出されるガスは浅部熱水系に供給され,その熱水系から地表に噴気が放出され,両者の流量は均衡していた.しかし,2015年2月からマグマを取り囲むシーリングゾーンが発達し,マグマから放出されるガスはシーリングゾーン内に蓄積し,マグマを圧迫した.ここでシーリングゾーンとは,R.O.Frunier(1999)が提案した概念で,マグマ性ガスの通路が二次鉱物(明礬石,黄鉄鉱,シリカ,硬石膏など)の沈積により自己閉塞する現象である.シーリングゾーンに阻まれ,2015年2月から4月にかけてマグマ性ガスに含まれる水蒸気の流量が減少し,天水起源地下水との混合の結果生じる噴気のδD減少を招いた.2015年4月下旬にシーリングゾーンは内部のガス圧増加により破壊し,マグマ性ガスが一気に浅部熱水系に注入された.これが群発地震を引き起こし,小規模な水蒸気噴火の原因となった.
謝辞
本研究は文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」の支援を受けました.