[SMP38-P08] Ar+イオンミリング断面加工を施したアワビ貝真珠層の観察とEBSD解析
キーワード:走査電子顕微鏡、後方電子散乱回折法、生体鉱物
美しい光沢をもつ真珠やその母貝の貝殻は、古くからアクセサリーや螺鈿などとして用いられ、私たちの生活になじみ深い宝飾品の一つである。これらのもつ独特の光沢は、真珠層とよばれる薄板状のアラゴナイト結晶とタンパク質がミクロンオーダーで積層した、微細な多層構造による可視光干渉の違いによって引き起こされる。古くからその微細構造の形成メカニズムについては生物学や鉱物結晶学の分野で研究がなされてきた[1][2][3]。また近年では環境低負荷の新しい高機能材料として、発色や強度などの特性を人工的に再現し工業製品に応用するなど、バイオミメティクス分野においても幅広い研究がなされている[4]。
このような様々な研究分野において、目的材料を詳細に解析し理解する場合、イオンビームや電子顕微鏡は微細構造のありのままの姿を加工・観察・分析できる強力なツールである。しかしながら貝殻をはじめとした生体鉱物の多くは熱に弱いカルサイトやアラゴナイトなどの炭酸塩鉱物であり、イオンや電子線の照射によって容易に構造が損傷されてしまう。さらにこれらの鉱物質は、成長に大きく関わるタンパク質とも共存しており、これらも熱によって変質する。アワビ貝の真珠層も同様であり、イオンミリングによる断面加工や、高い加速電圧を必要とする電界放出形走査電子顕微鏡 (FE-SEM) による微細組織の観察・分析は困難であった。
本研究ではアワビ貝の真珠層を、Ar+イオンビーム断面試料作製装置 (JEOL IB-19520CCP) を用いて常温/冷却の両条件で断面加工を行い、FE-SEM (JEOL JSM-7610F) で比較観察した。その結果、図1に示すように常温加工ではタンパク質部に多数の穴が発生したが、冷却加工ではタンパク質部のダメージが低減でき、アラゴナイトとタンパク質が密着して互層状になっている様子が観察された。また、高感度のCMOS素子を採用した新型のEBSD検出器 (Oxford instruments Symmetry) を用いて結晶方位マップを高速収集した。結果、冷却加工を施した試料ではアラゴナイトの指数付けエラーの頻度が減少した。またステップの数を増やしても試料にはほとんどダメージが発生せず、さらにクオリティの高いマップを得ることができた (図2)。これには以下の2つの理由があると考えられる。(1)常温加工ではアラゴナイト結晶の最表面の結晶構造が熱ダメージを受けてアモルファス化してしまうが、試料を冷却してCP加工することによって試料表面のアモルファス化が避けられた。(2)新型高感度EBSD検出器によって、低加速電圧であっても短い収集時間で結晶方位の指数付けが可能になった。これにより試料が熱で破壊される前に情報を得ることができた。
アワビ貝などの生体鉱物は電子線・イオンビームの照射によって容易に構造が失われてしまうほど敏感であるが、試料を冷却しながらイオンビーム加工することでダメージが抑制され、詳細な構造を観察できることが分かる。また新型の高感度EBSD検出器を用いることでデータの高速収集および低加速電圧での分析が可能となり、電子線に敏感な試料であっても確実に、かつ短時間でマップを取得できるようになった。
参考文献
[1]Tang et al. Nanostructured artificial nacre. nature materials. 2, 413-418 (2003)
[2]Mukai et al. Aragonite twinning in gastropod nacre. Journal of Crystal Growth. 312, 3014–3019 (2010)
[3]Griesshaber et al. Homoepitaxial meso- and microscale crystal co-orientation and organic matrix network structure in Mytilus edulis nacre and calcite. Acta Biomaterialia. 9, 9492–9502 (2013)
[4] Kato et al. Development of New Functional Materials Inspired by Biomineralization. Tokyo: CMC Publishing (2007)
このような様々な研究分野において、目的材料を詳細に解析し理解する場合、イオンビームや電子顕微鏡は微細構造のありのままの姿を加工・観察・分析できる強力なツールである。しかしながら貝殻をはじめとした生体鉱物の多くは熱に弱いカルサイトやアラゴナイトなどの炭酸塩鉱物であり、イオンや電子線の照射によって容易に構造が損傷されてしまう。さらにこれらの鉱物質は、成長に大きく関わるタンパク質とも共存しており、これらも熱によって変質する。アワビ貝の真珠層も同様であり、イオンミリングによる断面加工や、高い加速電圧を必要とする電界放出形走査電子顕微鏡 (FE-SEM) による微細組織の観察・分析は困難であった。
本研究ではアワビ貝の真珠層を、Ar+イオンビーム断面試料作製装置 (JEOL IB-19520CCP) を用いて常温/冷却の両条件で断面加工を行い、FE-SEM (JEOL JSM-7610F) で比較観察した。その結果、図1に示すように常温加工ではタンパク質部に多数の穴が発生したが、冷却加工ではタンパク質部のダメージが低減でき、アラゴナイトとタンパク質が密着して互層状になっている様子が観察された。また、高感度のCMOS素子を採用した新型のEBSD検出器 (Oxford instruments Symmetry) を用いて結晶方位マップを高速収集した。結果、冷却加工を施した試料ではアラゴナイトの指数付けエラーの頻度が減少した。またステップの数を増やしても試料にはほとんどダメージが発生せず、さらにクオリティの高いマップを得ることができた (図2)。これには以下の2つの理由があると考えられる。(1)常温加工ではアラゴナイト結晶の最表面の結晶構造が熱ダメージを受けてアモルファス化してしまうが、試料を冷却してCP加工することによって試料表面のアモルファス化が避けられた。(2)新型高感度EBSD検出器によって、低加速電圧であっても短い収集時間で結晶方位の指数付けが可能になった。これにより試料が熱で破壊される前に情報を得ることができた。
アワビ貝などの生体鉱物は電子線・イオンビームの照射によって容易に構造が失われてしまうほど敏感であるが、試料を冷却しながらイオンビーム加工することでダメージが抑制され、詳細な構造を観察できることが分かる。また新型の高感度EBSD検出器を用いることでデータの高速収集および低加速電圧での分析が可能となり、電子線に敏感な試料であっても確実に、かつ短時間でマップを取得できるようになった。
参考文献
[1]Tang et al. Nanostructured artificial nacre. nature materials. 2, 413-418 (2003)
[2]Mukai et al. Aragonite twinning in gastropod nacre. Journal of Crystal Growth. 312, 3014–3019 (2010)
[3]Griesshaber et al. Homoepitaxial meso- and microscale crystal co-orientation and organic matrix network structure in Mytilus edulis nacre and calcite. Acta Biomaterialia. 9, 9492–9502 (2013)
[4] Kato et al. Development of New Functional Materials Inspired by Biomineralization. Tokyo: CMC Publishing (2007)