[SSS08-P11] CNS元素分析と花粉分析を用いた足柄平野南部における国府津-松田断層帯3,000年前イベントの再検討
キーワード:国府津ー松田断層帯、足柄平野、CNS元素分析、花粉分析、オフ・フォールト古地震学、完新世
国府津-松田断層帯は大磯丘陵と足柄平野との地形境界を成し,大局的にみて大磯丘陵側を相対的に隆起させる逆断層である.この断層帯の活動履歴については,これまでに足柄平野内で実施されたトレンチ調査などから検討が行われている(例えば,山崎・水野1999,神奈川県2004など).これらの知見に基づけば,同断層の最新活動時期はAD1,100~1,350年頃,活動間隔は800~1,300年と見積もられる(地震調査推進本部2015).
本研究では断層帯の「3,000年前イベント」に着目する.山崎・水野(1999)は足柄平野南部で掘削されたボーリングコア試料の珪藻化石分析を行い,汽水生種が増加することから,約3,000年前に足柄平野が相対的に沈降した可能性を示した.しかし,イベント層準とされる試料では淡水生珪藻が優占的であり,堆積環境復元について課題が残されている.こうした問題点を踏まえ,本研究では足柄平野南部の2地点で掘削されたボーリングコア試料(TJ11-1,GS-ASG-5)について,CNS元素分析と花粉分析に基いて堆積環境を復元し,「3,000年前イベント」の有無について検討した.
TJ11-1コアは東京大学地震研究所が2011年に小田原市田島地区で掘削した,掘削長15.2 mのコア試料である(東京大学地震研究所2012).コアの深度5.28 mからは2,346-2,677 cal BPの14C年代測定値が得られている.また,深度6.71~6.74 mには天城カワゴ平軽石(KgP;3126-3145 cal BP,町田・新井2003)が,深度5.89~5.91 mには富士砂沢スコリア(F-Zn;2.5~2.8 ka,町田・新井2003)挟まる.このコア試料について花粉分析を実施した結果,KgPとF-Znとに挟まれる深度6.0~6.2 mで花粉組成が特徴的に変化することが明らかになった.この層準ではイネ科とカヤツリグサ科の産出率が増加し,抽水植物であるガマ属やサジオモダカ属などがわずかながら産出する.これらはコア掘削地点の周辺で湿地環境が拡大した可能性を示唆する.この環境変化は粗粒堆積物を伴っておらず,河川浸食に起因しない.
GS-ASG-5コアは産総研が2016年に小田原市酒匂地区で掘削した,掘削長15 mのコア試料である(佐藤ほか2017).コアの深度4.00~4.12 mに御殿場泥流堆積物(Gmf;2.5 ka,町田1964),深度4.48~4.52 mにF-Zn,深度5.3 m付近にKgPがそれぞれ挟まる.深度4.73-4.74 mからは2,355-2,700 cal BPの14C年代測定値が得られた.このコア試料についてCNS元素分析を実施した結果,深度4~8 mはTS,TOCともに高い値を示し,塩性湿地堆積物と推定される.このうち,深度4.7~5.0 mではTSがやや高くC/S比が10-15と低下することから,塩分が増加した可能性が高いと考えられる.このことは,コア掘削地点周辺が相対的に沈降して海水が遡上しやすくなったことを示す.
TJ11-1コアとGS-ASG-5コアは約2 km離れているものの,両コアの分析結果はいずれもKgPとF-Znとの間に足柄平野が相対的に沈降した可能性を示している.一般的に,3,000年前頃に海水準がユースタティックに上昇したとは考えにくく,イベントの同時性は,両コアの示す環境変化が地震性地殻変動に伴うものであることを示唆すると考えられる.このイベント層準は,テフラ層準を考慮すると,山崎・水野(1999)のイベント層準と同一のものである可能性が極めて高い.従って,国府津-松田断層帯の「3,000年前イベント」は存在する可能性が高いと結論できる.
引用文献
神奈川県(2004)『平成15年度地震関係基礎調査交付金 神縄・国府津-松田断層帯に関する成果報告書』.76p.
地震調査推進本部(2015)「塩沢断層帯・平山-松田北断層帯・国府津-松田断層帯(神縄・国府津-松田断層帯)の長期評価(第二版)」.55p.
町田 洋(1964)地学雑誌,73,337-350.
町田 洋・新井房夫(2003)「新編火山灰アトラス」東京大学出版会.336p.
佐藤善輝・水野清秀・久保純子・細矢卓志・森田祥子・加賀 匠(2017)地質調査総合センター速報No. 74,平成28年度沿岸域の地質・活断層調査研究報告,97-110.
東京大学地震研究所(2012)「神縄・国府津-松田断層帯における重点的な調査観測 平成21~23年度 成果報告書」.233p.
山崎晴雄・水野清秀(1999)第四紀研究,38,6,447-460.
本研究では断層帯の「3,000年前イベント」に着目する.山崎・水野(1999)は足柄平野南部で掘削されたボーリングコア試料の珪藻化石分析を行い,汽水生種が増加することから,約3,000年前に足柄平野が相対的に沈降した可能性を示した.しかし,イベント層準とされる試料では淡水生珪藻が優占的であり,堆積環境復元について課題が残されている.こうした問題点を踏まえ,本研究では足柄平野南部の2地点で掘削されたボーリングコア試料(TJ11-1,GS-ASG-5)について,CNS元素分析と花粉分析に基いて堆積環境を復元し,「3,000年前イベント」の有無について検討した.
TJ11-1コアは東京大学地震研究所が2011年に小田原市田島地区で掘削した,掘削長15.2 mのコア試料である(東京大学地震研究所2012).コアの深度5.28 mからは2,346-2,677 cal BPの14C年代測定値が得られている.また,深度6.71~6.74 mには天城カワゴ平軽石(KgP;3126-3145 cal BP,町田・新井2003)が,深度5.89~5.91 mには富士砂沢スコリア(F-Zn;2.5~2.8 ka,町田・新井2003)挟まる.このコア試料について花粉分析を実施した結果,KgPとF-Znとに挟まれる深度6.0~6.2 mで花粉組成が特徴的に変化することが明らかになった.この層準ではイネ科とカヤツリグサ科の産出率が増加し,抽水植物であるガマ属やサジオモダカ属などがわずかながら産出する.これらはコア掘削地点の周辺で湿地環境が拡大した可能性を示唆する.この環境変化は粗粒堆積物を伴っておらず,河川浸食に起因しない.
GS-ASG-5コアは産総研が2016年に小田原市酒匂地区で掘削した,掘削長15 mのコア試料である(佐藤ほか2017).コアの深度4.00~4.12 mに御殿場泥流堆積物(Gmf;2.5 ka,町田1964),深度4.48~4.52 mにF-Zn,深度5.3 m付近にKgPがそれぞれ挟まる.深度4.73-4.74 mからは2,355-2,700 cal BPの14C年代測定値が得られた.このコア試料についてCNS元素分析を実施した結果,深度4~8 mはTS,TOCともに高い値を示し,塩性湿地堆積物と推定される.このうち,深度4.7~5.0 mではTSがやや高くC/S比が10-15と低下することから,塩分が増加した可能性が高いと考えられる.このことは,コア掘削地点周辺が相対的に沈降して海水が遡上しやすくなったことを示す.
TJ11-1コアとGS-ASG-5コアは約2 km離れているものの,両コアの分析結果はいずれもKgPとF-Znとの間に足柄平野が相対的に沈降した可能性を示している.一般的に,3,000年前頃に海水準がユースタティックに上昇したとは考えにくく,イベントの同時性は,両コアの示す環境変化が地震性地殻変動に伴うものであることを示唆すると考えられる.このイベント層準は,テフラ層準を考慮すると,山崎・水野(1999)のイベント層準と同一のものである可能性が極めて高い.従って,国府津-松田断層帯の「3,000年前イベント」は存在する可能性が高いと結論できる.
引用文献
神奈川県(2004)『平成15年度地震関係基礎調査交付金 神縄・国府津-松田断層帯に関する成果報告書』.76p.
地震調査推進本部(2015)「塩沢断層帯・平山-松田北断層帯・国府津-松田断層帯(神縄・国府津-松田断層帯)の長期評価(第二版)」.55p.
町田 洋(1964)地学雑誌,73,337-350.
町田 洋・新井房夫(2003)「新編火山灰アトラス」東京大学出版会.336p.
佐藤善輝・水野清秀・久保純子・細矢卓志・森田祥子・加賀 匠(2017)地質調査総合センター速報No. 74,平成28年度沿岸域の地質・活断層調査研究報告,97-110.
東京大学地震研究所(2012)「神縄・国府津-松田断層帯における重点的な調査観測 平成21~23年度 成果報告書」.233p.
山崎晴雄・水野清秀(1999)第四紀研究,38,6,447-460.