日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG39] 陸域生態系の物質循環

2019年5月28日(火) 09:00 〜 10:30 301A (3F)

コンビーナ:加藤 知道(北海道大学農学研究院)、市井 和仁(千葉大学)、伊勢 武史(京都大学フィールド科学教育研究センター)、寺本 宗正(国立環境研究所)、座長:加藤 知道(北海道大学)

09:45 〜 10:00

[ACG39-04] 個体ベースの解析による常緑針葉樹林のLAIの年変動と過去の気象の残存効果

*隅田 明洋1渡辺 力1宮浦 富保2 (1.北海道大学 低温科学研究所、2.龍谷大学 理工学部)

キーワード:常緑針葉樹林、葉面積指数、気象の残存効果、バイオマス成長、個体間競争、年変動

半世紀以上にわたる森林の生態学的研究によって、ある土地の森林の林冠が閉鎖した後は葉面積指数(LAI)がほぼ一定に保たれると考えられてきた。一方で、葉面積指数が年とともにどの程度変動するのか、年変動があるとすればどのような要因が関係しているのか、その年変動が森林のバイオマスの年間増加量に影響するのか、などについて、常緑樹林ではほとんどわかっていなかった。本報告では、常緑針葉樹ヒノキの同齢林において林齢21年から40年までの20年にわたり記録された詳細な長期毎木調査データを利用し、この期間の幹バイオマスの成長速度とLAIの年変動、およびその生物的・気象的要因を調べた研究([1], [2])について紹介する。この長期調査では、全生存個体に対して樹冠基部の幹直径(DCB)が毎年調べられた。DCBからアロメトリックな方法によって個体の葉量を推定でき、そのアロメトリ-関係は、森林の違いや林齢の違いの影響を比較的受けにくいことが知られている。また、個体間競争に負けつつある樹木では個体葉量が年とともに減少するが、そのような場合樹冠基部の枝の枯れ上がりの程度が激しく、前年より細い部位が新たな幹の樹冠基部となりDCBが前年より減少する。従ってDCBの測定により個体葉量が減る現象を捉えることができる。このほか、地上から樹木の先端部までの1mおきの幹の太さや樹高も記録されており、それらから幹の体積や乾重も推定した。このような個体ベースの測定に基づく個体葉量や個体の幹乾重の推定値を毎年合計することで、年ごとのLAIや幹バイオマスの年変化を推定した。さらに、それらの推定値に誤差伝播の法則を適用することで、幹のバイオマスの成長速度やLAIの信頼範囲も示した。月別の降水量や気温は調査地近くの測候所のAMeDASデータから計算した。

LAIは緩やかな年変動をしながらおよそ7.1-8.8の範囲に維持された。個体の葉面積の時間変化を調べたところ、森林の中の最も大型の個体グループだけが個体葉面積を年とともに増加させ、その増加は、最も小型の個体グループからのみ葉面積を奪うように起こっていた。中間的なサイズをもつ個体グループでは、個体葉面積は20年間大きく変化しなかった。競争に負けて個体葉面積を徐々に減じた小型個体グループは徐々に枯死した。枯死する個体の葉面積が森林のLAIに占める割合は、枯死直前には1%程度以下にまで減っていたため、個体の枯死はLAIの年変動には影響しなかった。以上の結果は、少しずつ葉量を減らしながらも簡単には枯死しない小型個体の存在が、森林のLAIが20年間一定の範囲に維持される理由として重要であることを示唆している。また、20年間で2度胸高の幹断面積合計が前年より減った年があったが、森林の幹バイオマスは常に増加した。これは、胸高の幹直径の成長速度が小さい個体でも樹冠部の幹の太りは比較的大きかったためである。

毎年のLAIとその年の夏(7,8月)の平均気温との間には、弱いが有意な正の相関(r=0.40)があった。この結果は、ヒノキの新葉がつくられる夏の気温が高い年にLAIが増加する傾向があることを示している。さらに、当年の夏の気温だけでなく、当年を含む過去数年の夏の気温の移動平均と当年のLAIとの相関をとり、夏の気温を何年分平均したときに相関が最も高くなるかを調べた。最も強い相関は、当年を含む過去6年間の移動平均を取った時に現れた(r=0.93)。過去の研究により、この森林の林冠の葉のターンオーバー時間が平均6年程度であることがわかっており、葉の入れ替わりに要した過去6年間の夏の気温が、残存効果となってLAIの年変動を引き起こしたことを示している。

一般的にはLAIと森林全体の光合成生産量との間には正の相関があるので、LAIが大きい年は幹バイオマスの増加量も大きいと予想していたが、LAIの年変動と幹バイオマスの増加量の年変動とは無関係(r=0.09)だった。一方幹バイオマスの年増加量はその年の初夏(5~7月)の降水量と有意な正の相関があった(r=0.63)。樹木生理学の分野の先行研究によれば、光合成で生産された非構造性炭水化物(NSC)のかなりの割合が、成長以外の重要な用途(乾燥に対する生理的恒常性の維持など)に使われており、寡雨による乾燥等のストレスが生じた際は、幹の成長に対するNSCの割当ては最も優先度が低いであろうことが指摘されている。これらの知見が、光合成生産と正の関係をもつはずのLAIと幹バイオマス成長量との間に相関が無かった理由を説明している。

[1] Sumida et al. (2013) Tree Physiology 33, 106–118; [2] Sumida et al.(2018) Scientific Reports 8, 13950.