日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GM 地形学

[H-GM04] 地形

2019年5月29日(水) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 8ホール)

コンビーナ:八反地 剛(筑波大学生命環境系)、瀬戸 真之(福島大学うつくしま福島未来支援センター)

[HGM04-P07] 東京都伊豆諸島八丈島の三原山東側斜面にみられる甌穴(ポットホール)群とその成因

*石橋 隆1松味 智晃2樋口 蓮2山本 由樹2島田 圭吾2森本 浩友2島田 努3朝倉 顯爾4 (1.公益財団法人益富地学会館、2.立命館大学探検部、3.ポットホール調査隊、4.京都大学大学院理学研究科)

キーワード:甌穴、八丈島、伊豆諸島、火山、玄武岩質溶岩

【はじめに】 八丈島(東京都八丈町)の三原山東側の斜面を流れる沢筋には多数の歐穴(ポットホール,pothole)がみられる.この歐穴群が発見されたのは近年で,2016年に八丈町によって文化財指定がされた.しかし,歐穴群の分布状況やその成因については必ずしも明らかにされていないために,2014年から2016年にかけて歐穴の数や分布域,形態の計測,周辺の地質,水量,植生の調査が4次に渡って行われた.更に採取された岩石鉱物の諸分析も行われた.これらによって得られた情報を報告すると共に歐穴の形成機構について考察する.

 なお,調査地域は富士箱根伊豆国立公園の特別地域内であり,試料の採取は自然公園法の定める環境省の許可(環関地国許第1509143号)を得て行なわれた.

【歐穴について】 甌穴については確たる定義づけがされていないが,『地学事典』(地団研,1996)では「河底や河岸の硬い岩面に浸食によりできた円形をした深い穴」とされている.定義が曖昧であるので八丈島では,次の基準設定のもとで調査が行われた.単に土砂が水流で削られている穴は含めず,周囲が岩盤で転礫などの運動等に伴って削られた穴で,次に述べる2点の測定基準において深さ10 cm,幅30 cm以上のものを歐穴とみなした.①深さは最深部を起点として,削られている高さまでの垂直距離とする.②幅は深さを測定した際の高さ基準(水の流出部の岩盤の頂点)から水平に測定し,長径と短径の平均直径とする.

【三原山東側斜面の歐穴群】 歐穴群は三原山東側末吉地区の斜面で多く発見されている.斜面には概ねWNW-ESE方向に小さい谷沢が幾つも並行してみられ,歐穴はこの谷沢の水路上に連続するように形成されている.9つの谷沢で歐穴が確認され,その総数は700に達する.中でも“本流”と称される谷沢はその延長および水量において最大で,歐穴の数も最も多く,歐穴群の形成様式が模式的といえる.今回は本流の調査結果を中心に報告する.本流では約530 mの水路において基盤岩に141の歐穴が確認された.歐穴の形態は大別して次の2タイプがみられる.①歐穴型:礫の運動などによって深く穿たれた典型的な歐穴,②スプーン型:直径の割に深さが浅いもの.スプーン型の小型のものは水流に対して調和的な方向に開口部が伸長しているものが多く認められる.歐穴型は19穴,スプーン型は122穴である.歐穴内には礫が認められるものもある.歐穴は傾斜12-18°程度の水路に数m間隔で階段状に連続して形成され,段の間は小さな滝状に斜面を水が流れる.歐穴がみられる基盤岩は玄武岩質溶岩であり,1-2 cm程の灰長石の自形結晶が多量に含まれるのが特徴的である.偏光顕微鏡による観察では,全体的にガラス質で流理構造が顕著で,前述の自形の灰長石以外には斜長石,単斜輝石,斜方輝石の1 mm以下の結晶が含まれる.露頭での観察では,しばしば数-数十cmのほぼ完晶質の玄武岩の角礫が捕獲岩として認められる.これはマグマが地表に至る過程で火道内壁などの岩石を捕獲したものと推定される.歐穴はこの玄武岩質溶岩の分布域のみに確認される.玄武岩質溶岩は,三原山の主成層火山体の一部であるとみなすことができ,その年代については菅(1998)によれば26-30 kaとされる.水路や周辺の岩盤の表面は磨滅により滑らかであり,水路の底や流量増加時には水路となる部分には,流れに調和的な方向に筋状の窪みのパターンが認められる.歐穴内には礫がみられるが,円磨度の高いものが多く,岩石種は玄武岩質溶岩や捕獲岩と同様の玄武岩の割合が高い.水路脇の岩盤はコケなどにより覆われており,コケの群体には粒度3 mm以下程の砂礫が多量に抱えられていることが認められる.

【歐穴の形成機構】 歐穴の形成のためには,岩盤とそれを穿つ礫に加えて水の存在が不可欠である.歐穴がみられる玄武岩質溶岩の上下には,降下スコリアなどを主体とする層が認められる.この層では伏流する天水などが,不透水である玄武岩質溶岩の上部面で集まり,水路を形成する.玄武岩質溶岩の層には,火山性降下堆積物や火砕流堆積物の層が挟在している.これらの堆積物層は厚さが数十cmから6 m程度あり,浸食に著しく脆弱であるために水路においてはこの層のある場所で滝が形成されている.滝では堆積物層が側面切り崩し浸食作用によって滝が後退し,堆積層の上に載る玄武岩質溶岩層を滝壺に落下させて巨礫や礫が生産される.この礫が歐穴の形成に関与すると推定される.滝や歐穴内のボールミル的機構で発生する砂礫は,水流でのトラクションにより水路やその周辺の岩盤表面を磨滅して窪みを作ることに寄与し,スプーン型歐穴形成の一因となると推定される.参考文献:菅(1998): 第四研究, 37, 59-75. ; 地団研(1996): 1228.