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[G02-08] 中学生による「防災小説」が他者に与える影響―高知県土佐清水市での取り組みの考察ー
キーワード:防災教育、地震、ナラティヴ
本発表では、高知県土佐清水市立清水中学校の生徒らが書いた「防災小説」が、保護者や地域住民に与えた影響について質的に分析をし、考察する。なお、執筆した生徒本人に「防災小説」が与える影響については、2018年大会において永松冬青氏が発表を行った(永松, 2018)。
清水中学校の生徒による「防災小説」
土佐清水市は、高知県西南端に位置する人口約14,000名(うち65歳以上は全体の約47%)の地方都市である(土佐清水市, 2018)。2012年に内閣府から発表された南海トラフ巨大地震の新想定(内閣府,2012)において、同市の想定津波高は全国最大の34m以上であると発表された。災害リスクへの注意喚起ならびに防災意識の向上などを目的とした発表だったが、地域住民は「もう助からない」等の諦め・慢心・依存のムードに陥り、以前よりも防災活動が弱体化したとの報告があった(孫,2014:76-87,大木,2017)。筆者らは2016年度より、清水中学校にて防災教育の実践研究を行ってきた。同校で共同実践として開始した「防災小説」の作成は、“ナラティヴ・アプローチ”の防災分野への導入と位置付けられ、上記のような状況を打破しつつある(大木,2017)。
「防災小説」とは、近未来のある日に巨大地震が発生したというシナリオのもと、生徒一人一人が自分自身を主人公として綴る800字程度の物語であり、「まだ」起きていないことを「もう」起きたかのように綴る。小説を書くにあたり、地震発生の日時と天気は教員が指定し、生徒は、そのとき家族や街がどうなるか、自分はどのような気持ちかを想像して執筆する。小説は、必ず希望をもって終えなければならない。
調査手法
生徒らが作成した「防災小説」の読み手となった地域の小中学生の保護者を対象に、2017年度末にアンケート調査を行い、これに基づいて2018年度に10人を対象にヒアリング調査を実施した。
「防災小説」の効果
アンケートおよびヒアリング内容の分析を行った結果、次のことが明らかになった。1) 地元中学生による「防災小説」は、不確実性を含む地震発生に関する情報を効果的に保護者の日常の文脈に落とし込んだこと、2) その上で、日常の価値を見直すきっかけにもなったこと、3)防災教育そのものが信頼されていること、4)「防災小説」から受ける影響は、個人のバックグラウンドが大きく関係していることが示唆されること、5) 「防災小説」そのものが、読み手が災害に対して当事者意識を持つことの促進には必ずしもならないこと、6) 保護者の中にはコンサマトリーな価値を見出している人がいたこと、7)「防災小説」が人々に「偶有性」(矢守, 2007)を与えていること、8) 保護者に対して「現実制約作用」(野口, 2002)とはむしろ反対の、「あえて」逆の状況を想起させる場合があること、9) そのことが保護者の中で「終わらない対話」(矢守, 2007)を生んでいること、そして10) 今回の対象者に限っては、すでに防災行動をとっている人が多かったことも影響し、「防災小説」を読んだことによって新たな行動をとった人は少なかったこと;である。本発表では、地域全体を「防災の理想的な状態」(矢守, 2013)に導くことにおいて地元中学生による「防災小説」が持つ効果や可能性について報告する。
参照文献
1. 永松冬青(2018), 「防災小説」の理論的考察-高知県土佐清水市立清水中学校における防災教育-, 日本地球惑星科学連合2018年大会.
2. 土佐清水市 (2018), 土佐清水市市内世帯・人口一覧. . (参照2019-01-10).
3. 内閣府(2012),南海トラフ巨大地震の震度分布,津波高等及び被害想定について. .(参照2019-02-13).
4. 孫英英・近藤誠司・宮本匠・矢守克也(2014), 新しい津波減災対策の提案―「個別訓練」の実践と「避難動画カルテ」の開発を通して. 災害情報,12,76-87.
5. 大木聖子(2017),土佐清水市の中学生による防災小説-防災教育のナラティヴ・アプローチ-,日本安全教育学会第18回岡山大会.
6. 矢守克也 (2007), 「終わらない対話」 に関する考察. 実験社会心理学研究, 46(2), 198–210.
7. 野口裕二 (2002), 物語としてのケア――ナラティヴ・アプローチの世界へ. 医学書院.
8. 矢守克也 (2013), 巨大災害のリスク・コミュニケーション. ミネルヴァ書房.
清水中学校の生徒による「防災小説」
土佐清水市は、高知県西南端に位置する人口約14,000名(うち65歳以上は全体の約47%)の地方都市である(土佐清水市, 2018)。2012年に内閣府から発表された南海トラフ巨大地震の新想定(内閣府,2012)において、同市の想定津波高は全国最大の34m以上であると発表された。災害リスクへの注意喚起ならびに防災意識の向上などを目的とした発表だったが、地域住民は「もう助からない」等の諦め・慢心・依存のムードに陥り、以前よりも防災活動が弱体化したとの報告があった(孫,2014:76-87,大木,2017)。筆者らは2016年度より、清水中学校にて防災教育の実践研究を行ってきた。同校で共同実践として開始した「防災小説」の作成は、“ナラティヴ・アプローチ”の防災分野への導入と位置付けられ、上記のような状況を打破しつつある(大木,2017)。
「防災小説」とは、近未来のある日に巨大地震が発生したというシナリオのもと、生徒一人一人が自分自身を主人公として綴る800字程度の物語であり、「まだ」起きていないことを「もう」起きたかのように綴る。小説を書くにあたり、地震発生の日時と天気は教員が指定し、生徒は、そのとき家族や街がどうなるか、自分はどのような気持ちかを想像して執筆する。小説は、必ず希望をもって終えなければならない。
調査手法
生徒らが作成した「防災小説」の読み手となった地域の小中学生の保護者を対象に、2017年度末にアンケート調査を行い、これに基づいて2018年度に10人を対象にヒアリング調査を実施した。
「防災小説」の効果
アンケートおよびヒアリング内容の分析を行った結果、次のことが明らかになった。1) 地元中学生による「防災小説」は、不確実性を含む地震発生に関する情報を効果的に保護者の日常の文脈に落とし込んだこと、2) その上で、日常の価値を見直すきっかけにもなったこと、3)防災教育そのものが信頼されていること、4)「防災小説」から受ける影響は、個人のバックグラウンドが大きく関係していることが示唆されること、5) 「防災小説」そのものが、読み手が災害に対して当事者意識を持つことの促進には必ずしもならないこと、6) 保護者の中にはコンサマトリーな価値を見出している人がいたこと、7)「防災小説」が人々に「偶有性」(矢守, 2007)を与えていること、8) 保護者に対して「現実制約作用」(野口, 2002)とはむしろ反対の、「あえて」逆の状況を想起させる場合があること、9) そのことが保護者の中で「終わらない対話」(矢守, 2007)を生んでいること、そして10) 今回の対象者に限っては、すでに防災行動をとっている人が多かったことも影響し、「防災小説」を読んだことによって新たな行動をとった人は少なかったこと;である。本発表では、地域全体を「防災の理想的な状態」(矢守, 2013)に導くことにおいて地元中学生による「防災小説」が持つ効果や可能性について報告する。
参照文献
1. 永松冬青(2018), 「防災小説」の理論的考察-高知県土佐清水市立清水中学校における防災教育-, 日本地球惑星科学連合2018年大会.
2. 土佐清水市 (2018), 土佐清水市市内世帯・人口一覧. . (参照2019-01-10).
3. 内閣府(2012),南海トラフ巨大地震の震度分布,津波高等及び被害想定について. .(参照2019-02-13).
4. 孫英英・近藤誠司・宮本匠・矢守克也(2014), 新しい津波減災対策の提案―「個別訓練」の実践と「避難動画カルテ」の開発を通して. 災害情報,12,76-87.
5. 大木聖子(2017),土佐清水市の中学生による防災小説-防災教育のナラティヴ・アプローチ-,日本安全教育学会第18回岡山大会.
6. 矢守克也 (2007), 「終わらない対話」 に関する考察. 実験社会心理学研究, 46(2), 198–210.
7. 野口裕二 (2002), 物語としてのケア――ナラティヴ・アプローチの世界へ. 医学書院.
8. 矢守克也 (2013), 巨大災害のリスク・コミュニケーション. ミネルヴァ書房.