11:30 〜 11:45
[HDS13-16] 高知県広域における南海トラフ巨大地震の津波による土砂移動影響の潜在性評価
キーワード:津波土砂移動、南海トラフ巨大地震による津波、高知県、数値シミュレーション
序 論
大津波の強い流れは地盤を削り地形を変化させる.流れ場は地形の影響を受けるため,浸水高や浸水範囲等の津波ハザードも変化し得ることが指摘されている(近藤ら, 2012; Sugawaraら, 2014; Tehraniradら, 2015; Yamashitaら, 2016; Sugawara, 2017; 山下ら, 2018).また,土砂等を巻き込んだ津波は破壊力を増して人的・物的被害を拡大させるだけではなく(松冨・川島, 2015),津波肺の原因にもなり得る(井上ら, 2013).大量の土砂が流出した海浜は自然回復が困難な場合もあり(有働・武田, 2016),このように地盤高が低下した沿岸部は災害に対して脆弱になる恐れもある.更に,陸海域の堆積土砂は救出・救援や復旧・復興を遅らせ,更には環境上の問題も併発する(駒井ら, 2012; 土屋ら, 2012).
内閣府は2012年,東日本大震災の教訓を基に南海トラフ巨大地震による津波被害想定を見直した.しかしながら,新たな被害想定には土砂移動の影響は殆ど考慮されていない.脆弱性の見落としを回避するためにも土砂移動・地形変化を踏まえた津波影響を見積もる必要がある.そこで,南海トラフ巨大地震による津波(内閣府想定のケース4)を対象に,津波リスクが最も高い高知県における潜在的な土砂移動の影響を把握することを目的として,高知県室戸市羽根岬~高知県高岡郡久礼湾を含む東西約85 kmにわたる土佐湾広域の津波土砂移動シミュレーションを行なった.
数値解析手法
使用した数値モデルは,掃流砂層と浮遊砂層が分離された津波土砂移動モデルであり(高橋ら, 1999),粒径依存パラメタを持つ流砂量式(高橋ら, 2011)に基づき土砂移動が解析される.また,本計算コードには可変型の飽和浮遊砂濃度式(菅原ら, 2014; 山下ら, 2018)やMPI並列(山下ら, 2015)が実装されており,高精度・高効率に解析を行なえる.内閣府から提供される地形データを結合した広域データを使用して,土砂移動モデルを 10 m メッシュ地形に適用した.内閣府による標高50m未満のマニング粗度係数 n の10mメッシュデータに基づき, n = 0.025(海域や砂浜・荒地)と n = 0.030(樹林帯)の領域を侵食面として,それ以外を非侵食面に設定した.堤防は地盤メッシュとして与えて津波土砂移動により流出し得る条件とした.また,土佐湾沿岸部では底質が不明な地域も多く存在し,地形変化にも不確実性が生じることが考えられるため,d50 = 0.127 mm,d50 = 0.267 mm および d50 = 0.394 mm の,計3パターンの中央粒径d50 を想定して解析を行なった.
結果と議論
一級河川(仁淀川・物部川)や二級河川(新荘川・安芸川・伊尾木川・奈半利川)の河口部では想定した d50 = 0.127, 0.267 および 0.394 mm の砂地盤を 10 m 以上も侵食する程の強い流れが生じ,引き波によって比較的深い水域(水深15m~30m:高知海岸の移動限界水深は17mである.)にまで土砂が流出する可能性が示された.また,一級河川の背後地域には大量の土砂が堆積する可能性もあり,特に,浸水範囲が比較的狭い仁淀川周辺地域では平均 1 m 程度の土砂が浸水域内に堆積する恐れもある.但し,高知県防災マップによると仁淀川周辺において古津波による堆積物が見つかっているものの本計算のような非常に厚い津波堆積物は見つかっていない.歴史記録と本シミュレーション結果との違いの原因を調べることは今後の課題である.なお,東日本大震災による陸上堆積土砂の平均厚さに基づき,内閣府の想定では 4~5 cm の堆積土砂が想定されている.本計算による浸水域内の陸上堆積物の平均厚さは,d50 = 0.127,0.267および0.394 mm の場合にそれぞれ,11.3cm,7.5cm及び4.2cmである.
河口部と同様に港湾部でも顕著な地形変化が生じ得る.須崎湾では湾口と湾奥部で大きな侵食が見られ,須崎市内の広範囲に大量の土砂が堆積する恐れがある.しかし,須崎市池の内一帯のシミュレーション結果では,堆積土砂が殆ど認められなかった.須崎市池の内「ただす池」では,歴史津波による津波堆積物が多数見つかっている(岡村・松岡, 2012).この歴史記録と本計算の不整合は,想定波源の影響よりはむしろ近年の海岸構造物や土地利用の変化に原因があるものと考える.他方,宇佐湾および浦戸湾の湾口部でも大きな侵食が見られ,侵食土砂が湾口周辺の陸上へと打ち上げられるが,侵食土砂の多くは湾口の外洋側および湾奥側の海底へ堆積する傾向にある.
以上の地形変化は地域的な特徴を保持しつつ,底質粒径が細かいほど大きくなる傾向にある.そして,侵食域の後背地では,最小粒径の場合に最大 2 m 程,最大粒径の場合でも最大 1 m 程,浸水高が増加する.一方,例えば土佐湾北東部の芸西村周辺では浸水高が小さくなる可能性が示された.この地域における内閣府想定ケース4の津波による最大波は第二波目以降に現われる.土佐湾沿岸の地形変化が芸西村への反射波やエッジ波に影響を及ぼしたことが要因の一つとして考えられ,広域での土砂移動計算を行なう必要性が示唆された.
結 論
以上のように,高知県における潜在的な土砂移動影響は土佐湾全域に及び無視できない程大きく,底質情報によっても大きくばらつくことがわかった.従って,今後,より詳細な底質情報に基づき確度の高い影響評価を行なうことが求められるとともに,各地域における土砂移動特性に応じた対策を議論することが肝要であると思われる.
大津波の強い流れは地盤を削り地形を変化させる.流れ場は地形の影響を受けるため,浸水高や浸水範囲等の津波ハザードも変化し得ることが指摘されている(近藤ら, 2012; Sugawaraら, 2014; Tehraniradら, 2015; Yamashitaら, 2016; Sugawara, 2017; 山下ら, 2018).また,土砂等を巻き込んだ津波は破壊力を増して人的・物的被害を拡大させるだけではなく(松冨・川島, 2015),津波肺の原因にもなり得る(井上ら, 2013).大量の土砂が流出した海浜は自然回復が困難な場合もあり(有働・武田, 2016),このように地盤高が低下した沿岸部は災害に対して脆弱になる恐れもある.更に,陸海域の堆積土砂は救出・救援や復旧・復興を遅らせ,更には環境上の問題も併発する(駒井ら, 2012; 土屋ら, 2012).
内閣府は2012年,東日本大震災の教訓を基に南海トラフ巨大地震による津波被害想定を見直した.しかしながら,新たな被害想定には土砂移動の影響は殆ど考慮されていない.脆弱性の見落としを回避するためにも土砂移動・地形変化を踏まえた津波影響を見積もる必要がある.そこで,南海トラフ巨大地震による津波(内閣府想定のケース4)を対象に,津波リスクが最も高い高知県における潜在的な土砂移動の影響を把握することを目的として,高知県室戸市羽根岬~高知県高岡郡久礼湾を含む東西約85 kmにわたる土佐湾広域の津波土砂移動シミュレーションを行なった.
数値解析手法
使用した数値モデルは,掃流砂層と浮遊砂層が分離された津波土砂移動モデルであり(高橋ら, 1999),粒径依存パラメタを持つ流砂量式(高橋ら, 2011)に基づき土砂移動が解析される.また,本計算コードには可変型の飽和浮遊砂濃度式(菅原ら, 2014; 山下ら, 2018)やMPI並列(山下ら, 2015)が実装されており,高精度・高効率に解析を行なえる.内閣府から提供される地形データを結合した広域データを使用して,土砂移動モデルを 10 m メッシュ地形に適用した.内閣府による標高50m未満のマニング粗度係数 n の10mメッシュデータに基づき, n = 0.025(海域や砂浜・荒地)と n = 0.030(樹林帯)の領域を侵食面として,それ以外を非侵食面に設定した.堤防は地盤メッシュとして与えて津波土砂移動により流出し得る条件とした.また,土佐湾沿岸部では底質が不明な地域も多く存在し,地形変化にも不確実性が生じることが考えられるため,d50 = 0.127 mm,d50 = 0.267 mm および d50 = 0.394 mm の,計3パターンの中央粒径d50 を想定して解析を行なった.
結果と議論
一級河川(仁淀川・物部川)や二級河川(新荘川・安芸川・伊尾木川・奈半利川)の河口部では想定した d50 = 0.127, 0.267 および 0.394 mm の砂地盤を 10 m 以上も侵食する程の強い流れが生じ,引き波によって比較的深い水域(水深15m~30m:高知海岸の移動限界水深は17mである.)にまで土砂が流出する可能性が示された.また,一級河川の背後地域には大量の土砂が堆積する可能性もあり,特に,浸水範囲が比較的狭い仁淀川周辺地域では平均 1 m 程度の土砂が浸水域内に堆積する恐れもある.但し,高知県防災マップによると仁淀川周辺において古津波による堆積物が見つかっているものの本計算のような非常に厚い津波堆積物は見つかっていない.歴史記録と本シミュレーション結果との違いの原因を調べることは今後の課題である.なお,東日本大震災による陸上堆積土砂の平均厚さに基づき,内閣府の想定では 4~5 cm の堆積土砂が想定されている.本計算による浸水域内の陸上堆積物の平均厚さは,d50 = 0.127,0.267および0.394 mm の場合にそれぞれ,11.3cm,7.5cm及び4.2cmである.
河口部と同様に港湾部でも顕著な地形変化が生じ得る.須崎湾では湾口と湾奥部で大きな侵食が見られ,須崎市内の広範囲に大量の土砂が堆積する恐れがある.しかし,須崎市池の内一帯のシミュレーション結果では,堆積土砂が殆ど認められなかった.須崎市池の内「ただす池」では,歴史津波による津波堆積物が多数見つかっている(岡村・松岡, 2012).この歴史記録と本計算の不整合は,想定波源の影響よりはむしろ近年の海岸構造物や土地利用の変化に原因があるものと考える.他方,宇佐湾および浦戸湾の湾口部でも大きな侵食が見られ,侵食土砂が湾口周辺の陸上へと打ち上げられるが,侵食土砂の多くは湾口の外洋側および湾奥側の海底へ堆積する傾向にある.
以上の地形変化は地域的な特徴を保持しつつ,底質粒径が細かいほど大きくなる傾向にある.そして,侵食域の後背地では,最小粒径の場合に最大 2 m 程,最大粒径の場合でも最大 1 m 程,浸水高が増加する.一方,例えば土佐湾北東部の芸西村周辺では浸水高が小さくなる可能性が示された.この地域における内閣府想定ケース4の津波による最大波は第二波目以降に現われる.土佐湾沿岸の地形変化が芸西村への反射波やエッジ波に影響を及ぼしたことが要因の一つとして考えられ,広域での土砂移動計算を行なう必要性が示唆された.
結 論
以上のように,高知県における潜在的な土砂移動影響は土佐湾全域に及び無視できない程大きく,底質情報によっても大きくばらつくことがわかった.従って,今後,より詳細な底質情報に基づき確度の高い影響評価を行なうことが求められるとともに,各地域における土砂移動特性に応じた対策を議論することが肝要であると思われる.