日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS20] 山の科学

2019年5月27日(月) 09:00 〜 10:30 103 (1F)

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学理学部)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)、座長:苅谷 愛彦(専修大学)

09:30 〜 09:45

[MIS20-03] 八幡平火山の大規模地すべり地に形成された長沼の発達過程

*佐々木 夏来1須貝 俊彦1 (1.東京大学大学院新領域創成科学研究科)

キーワード:湿地、発達過程、地すべり、八幡平火山

八幡平火山群では,湿地の形成要因の一つに地すべり地形があげられ,土塊が106 m3を超える大規模な地すべり地内に,湖沼や湿原など様々なタイプの湿地が共存している(Sasaki and Sugai, 2015).一般に,地すべり性湿地は湖沼から湿原へと発達する陸化型湿原であるので,湿地タイプの違いは湿地の発達段階の違いを反映していると考えられる.本研究では,八幡平火山群の大規模地すべり地内凹地に形成された長沼湿地を対象として掘削調査をおこない,長沼の発達過程を明らかにした.さらに,同じ地すべり地内の大谷地湿原との発達過程の違いについて考察した.
 長沼は,八幡平火山北西の菰ノ森地すべり地の土塊上部に形成された湿地で,地すべりの滑落崖に平行な南北方向に長軸をもつ楕円形をしている.長沼は,北半分が水域,南半分が湿原化している.長沼の長軸上の湿原部2か所で掘削調査を実施し,それぞれの堆積物コアを水域に近い方からNN1,NN2とした.NN1は長さ3.4 mで,下位から有機質シルト層(NN1-Unit1:3.40–2.64 m深)と泥炭層(NN1-Unit2:2.64–0.00 m深)に分けられた.NN2は長さ4.5 mで,下位から平行ラミナを伴うシルト層(NN2-Unit1:4.50–4.20 m深),有機質シルト層(NN2-Unit2:4.20–1.57 m深),泥炭層(NN2-Unit3:1.57–0.00 m深)に分けられた.各Unitの境界は不明瞭で,有機物含有量は漸次的に変化していた.また,NN1コアとNN2コアでそれぞれ5枚と4枚のテフラ層が見出された.火山ガラスの主成分分析の結果,NN1の1.05 m深とNN2の1.10 m深の軽石層がAD915年に降下した十和田aテフラ(To-a)に,NN1の2.22 m深とNN2の2.87 m深の火山灰層が6.2 kaに降下した十和田中掫テフラ(To-Cu)にそれぞれ対比された.
 NN1,NN2ともに上位に向かって有機質シルト層が泥炭層へ変化しており,NN1では有機質シルト層の下部に,NN2では最下部のシルト層に平行ラミナ構造が認められたことから,長沼の南側は湖沼から湿原へと発達したと考えらえる.そして湿原になった時期は,NN1でTo-Cuが泥炭層に挟在していたことから,6.2 ka以前と考えらえる.しかし,水域から遠いNN2ではTo-Cuが泥炭層下位の有機質シルト層内に挟在していた.さらに,有機質シルト層は厚く,To-Cu降下以降,To-a降下前までの堆積速度は,NN1が約0.23 mm/年であるのに対し,NN2は約0.35 mm/年であった.したがって,水域が縮小して湿原化した後にも,NN2では継続的に周辺斜面から細粒物の流入があったことが示唆された.以上のことから,長沼は,湖沼が上流部(南側)から埋積によって緩やかに湿原へと発達し,泥炭が堆積する少なくとも千年以上は現在のような状態で安定していると考えられる.
 菰ノ森地すべり地内には複数の湿地が形成されており,長沼の南西800 mに位置する大谷地湿原と長沼の発達過程は異なっている.大谷地湿原では,8600年前以前に地すべり性凹地形が形成されたのち,森林と湿地のモザイク状の景観へ変わり,約5500年前に河川の堰き止めによると考えられる湖が出現し,約3300年前に湿原化したことが報告されている(Sasaki and Sugai, 2018).一方で,長沼は,長期にわたって安定的に湿地が存在し,湖沼から湿原への発達も緩やかである.以上のことから,菰ノ森地すべり地では,大規模地すべり活動によって湿地が形成されて以降,安定的に存在する湿地がある一方で,局所的な地形変化による湖沼の形成や湿原化もみられた.つまり,同一の地すべり地内の湿地でも,発達過程や発達速度が異なること,大規模地すべり地内では長期間湖が存続しうることが明らかとなった.

引用文献
Sasaki, N. and Sugai, T. (2015): Distribution and Development Processes of Wetlands on Landslides in the Hachimantai Volcanic Group, NE Japan. Geographical Review of Japan Series B, 87, 103–114.
Sasaki, N. and Sugai, T. (2018): Holocene development of mountain wetlands within and outside of landslide in the Hachimantai volcanic group, northeastern Japan. Quaternary International, 471, 345–358.