日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS20] 山の科学

2019年5月27日(月) 10:45 〜 12:15 103 (1F)

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学理学部)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)、座長:佐々木 明彦

11:15 〜 11:30

[MIS20-09] 高山植物コマクサにおける日本列島集団の遺伝構造とその形成過程に関する考察

*尾崎 貴久1松田 浩和東城 幸治2 (1.信州大学大学院総合理工学研究科、2.信州大学理学部理学科生物学コース)

キーワード:系統地理学、高山植物、高山荒原、氷期-間氷期サイクル

気候や地理地形・地質学的環境や地史は、生物の分布域を規定する要因として重要である。特に植物は動物と比較して分散に大きな制約があることから、気候変動の影響を受けやすく、氷期-間氷期サイクルにおける気候変動と分布域変遷の関連が議論されてきた。例えば、日本列島に生育する高山植物の多くは、氷期などの寒冷期に分布拡大し、間氷期の温暖化によって高山に取り残されたという過程が推定されている。対して、土壌の栄養量および岩屑の大きさや安定性などの地質条件は、植物の生育や分散を大きく制限することから、種構成や集団動態に影響を与えると考えられている。しかし、生育環境が生物の分布域変遷に与える影響について検討した事例はほとんどみられない。

 コマクサ Dicentra peregrina は高山砂礫地に生育し、高山荒原植物群落を代表する植物である。 高山砂礫地は稜線上の活発に風化が起きている場所や火山の周囲に点在する撹乱の多い環境である。そのため、分布は強く制限され、高山植物のなかでも特に気象や地形・地質学的影響を強く受けていると考えられる。つまり、生育環境と分布域変遷の関係を検討するために適した種である。本研究では、コマクサの日本列島集団において分子系統地理学的解析および生態学的ニッチモデル解析を実施し、分布域変遷を推定した。

 系統解析の結果、日本列島のコマクサは2つの主要な遺伝系統群で構成されており、その境界は北海道中部の大雪山系内に存在するという結果が得られた。また、北海道内において、本州の山岳と共通する遺伝系統群は、化雲岳周辺と富良野岳においてのみ検出され、他の山域からは北海道に固有の遺伝系統群が検出された。さらに、地質学的研究において、化雲岳および富良野岳は約70万年前までに形成されたと推定されているが、北海道に固有の遺伝系統群が検出された山域は約15万年前から形成されたことが示されている。これらの形成年代の違いは、氷期-間氷期サイクルにおける集団動態に影響を与え、古い山岳が間氷期のレフュジアとして機能したという可能性を示唆する。また、コマクサにみられた遺伝的構造は他の高山植物と大きく異なり、地史との関連が強いことが明らかとなった。以上のように、コマクサの分布域変遷は気候変動と地史の影響を強く受けており、生育環境の違いを反映していることが示された。