[MIS28-P03] 九十九湾に設置した鯨骨に生息するノリコイソメ科多毛類の分類と食性
キーワード:鯨骨群集、ノリコイソメ科、化学合成
海底に脊椎動物遺骸が着底すると,その有機物や有機物の分解過程で生じる硫化水素を利用する微生物・大型生物からなる,“鯨骨群集”と呼ばれる特殊な生態系が形成される.鯨骨群集の構成分類群の一種であるノリコイソメ科は,熱水やメタン湧水などの“極限環境”からも発見されており(Portail et al., 2015),その適応や分散に注目が集まっているが,これらを含めた鯨骨群集の構成分類群が何を摂食しているのか,鯨骨周辺でどのような炭素循環が起きているのかほとんど明らかになっていない.石川県能登半島九十九湾の水深約14mに設置した鯨骨から,ノリコイソメ科多毛類が大量に発見された.形態観察やミトコンドリア遺伝子COⅠに基づく分子系統解析を行った結果,この種はOphryotroha属に属する新種であること,Ophryotroha属内の各グループごとにそれぞれ独立に鯨骨環境に進出したり,非還元環境に再進出したりしていることが示唆された.また食性の推定のため,本種と他の多毛類,設置した鯨類由来の有機物の有機炭素の炭素同位体比分析を行った結果,ノリコイソメ科の炭素同位体比は同所から採集した他の多毛類より広い値のレンジを示した(-33.8‰~-19.0‰).この値は鯨骨の骨内有機物(約-25‰)よりも低いものを含み,より低い炭素同位体比をもつ炭素源を餌としていなければ説明がつかない.おそらく,鯨骨内有機物より低い炭素同位体比をもつ硫黄酸化細菌Beggiatoa sp. (-37.2‰~-28.5‰)を摂食していると考えられる.これは,本種を含めたOphryotrocha属多毛類が,他の多毛類よりも硫化水素濃度が高い場所に進出して,骨内有機物の分解に伴って繁栄する微生物群集も食物源としている事を示している.また重たい炭素同位体比を持つものもいるため,化学合成生態系に完全に依存しているわけではなく,多様な餌資源を利用できる種であることが判明した.