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[PPS06-05] 低角運動量の回転原始火星大気による衛星軌道進化
キーワード:火星衛星、衛星形成
火星にはフォボスとダイモスという2つの衛星がある.それぞれの半径は数 km ~ 10 km程度であり,不規則な形状をしている.また,衛星の低いアルベドと,始原的な炭素質小惑星に類似した反射スペクトルからは,これらの衛星が捕獲された微惑星であることとする説(捕獲説)が支持される.
しかしながら,両衛星は真円に近い,火星赤道面に沿った軌道を有しており,このような整った軌道を捕獲説で説明するのは困難であるとされてきた.ジャイアント・インパクト仮説 (e.g. Rosenblatt et al. 2016) は現在の火星の衛星のような整った衛星軌道を説明するものの,衛星を形成する物質が高温環境 (~2000 K) を経験するため,反射スペクトルから期待される始原的な炭素質の組成を再現することは難しい.一方で,星雲ガスを重力的に束縛して生じる原始火星大気からのガス抵抗によるエネルギー散逸を考えた先行研究では,球対称静止大気を考えることで衛星の軌道離心率を低下させることが可能であることが示されている (Hunten 1979, Sasaki 1990).このシンプルな大気モデルでは,衛星に持続的に働くガス抵抗が衛星の惑星への落下を招くことと,傾斜角減衰ができないという問題があったが,松岡・倉本 (2018, JpGU, PPS07-02) では回転する原始火星大気を考慮することで傾斜角減衰が106 yrのタイムスケールで起こり,衛星落下が妨げられることが示された.しかしながら,この回転大気は,共回転半径以遠でKepler回転するという大きな角運動量を有する大気(火星自転角運動量の1.3倍)であるために実現が困難であることと,ダイモス以遠でも衛星が形成されその場に留まってしまうという問題がある.本研究では,火星の自転角運動量と比較して極めて小さな角運動量を有する回転大気のモデルを構築し,むしろこのような大気が現在の火星の衛星系の軌道特徴を説明する点においてより有利となることを示す.
本研究では,大気の回転がBondi半径以内に制限されると仮定し,回転速度場が連続となるよう,速度場を次のようにモデル化した: (1) 火星半径~共回転半径 RC:火星と共回転する大気,(2) 共回転半径~Bondi 半径 RB:v(r) = ((RB-r)/(RB-RC))ΓvK(r)(vKはKepler速度,Γは正定数で,本研究では1と置いた)で距離とともに回転速度が減衰する大気,(3) Bondi半径~Hill半径:Hill半径で星雲ガスと接続する静止大気.このような距離とともに回転速度が減衰する大気は,共回転半径を通じて内側から外側へ漏れ出す角運動量がKepler回転を達成できるほど大きくない場合に生じると考えられる.この速度場による遠心力と火星重力,圧力傾度力が釣り合うように大気の密度場を決定し,この速度場と密度場による抗力を衛星の運動方程式に与えた.
衛星の軌道長半径進化を追う数値実験では,衛星は全ての領域で内向き動径速度を持つが,共回転半径付近で衛星と大気の速度差が小さくなることで衛星の落下が抑制され,衛星軌道長半径の減衰のタイムスケールはフォボスサイズの衛星で少なくとも104yr以上のオーダーとなる.このタイムスケールは共回転半径に近づくにつれて急激に増大し,衛星がこの領域によく留まることが示された.このことは,潮汐軌道進化を考慮した場合の両衛星の初期位置が共回転半径付近であることを自然に説明する.衛星の軌道離心率進化を追う数値実験では,軌道傾斜角がある程度減衰してもなお衛星と大気との間に一定の速度差があるため,傾斜角の減衰は効率的よく起こる.本研究の低角運動量大気による傾斜角減衰のタイムスケールは,松岡・倉本 (2018, JpGU, PPS07-02) で考慮されたKepler回転する大気における傾斜角減衰のタイムスケールが傾斜角の減少に伴い急激に増大するのとは対照的に,フォボスサイズの天体で数千年から数万年という上限値を有している.このことは,現在の火星衛星の軌道傾斜角が小さいことをよく説明する.このような傾向はΓが異なる値を持つ場合にも同様に認められ,ダイモスサイズの衛星ではフォボスサイズの衛星より速やかにこのような軌道進化が引き起こされる.
本研究で考えられた回転大気は,火星の自転角運動量の0.14 %という極めて小さな角運動量しか持たないにもかかわらず,現在の火星の衛星系の特徴をよく再現するような軌道進化を引き起こすことがわかった.
しかしながら,両衛星は真円に近い,火星赤道面に沿った軌道を有しており,このような整った軌道を捕獲説で説明するのは困難であるとされてきた.ジャイアント・インパクト仮説 (e.g. Rosenblatt et al. 2016) は現在の火星の衛星のような整った衛星軌道を説明するものの,衛星を形成する物質が高温環境 (~2000 K) を経験するため,反射スペクトルから期待される始原的な炭素質の組成を再現することは難しい.一方で,星雲ガスを重力的に束縛して生じる原始火星大気からのガス抵抗によるエネルギー散逸を考えた先行研究では,球対称静止大気を考えることで衛星の軌道離心率を低下させることが可能であることが示されている (Hunten 1979, Sasaki 1990).このシンプルな大気モデルでは,衛星に持続的に働くガス抵抗が衛星の惑星への落下を招くことと,傾斜角減衰ができないという問題があったが,松岡・倉本 (2018, JpGU, PPS07-02) では回転する原始火星大気を考慮することで傾斜角減衰が106 yrのタイムスケールで起こり,衛星落下が妨げられることが示された.しかしながら,この回転大気は,共回転半径以遠でKepler回転するという大きな角運動量を有する大気(火星自転角運動量の1.3倍)であるために実現が困難であることと,ダイモス以遠でも衛星が形成されその場に留まってしまうという問題がある.本研究では,火星の自転角運動量と比較して極めて小さな角運動量を有する回転大気のモデルを構築し,むしろこのような大気が現在の火星の衛星系の軌道特徴を説明する点においてより有利となることを示す.
本研究では,大気の回転がBondi半径以内に制限されると仮定し,回転速度場が連続となるよう,速度場を次のようにモデル化した: (1) 火星半径~共回転半径 RC:火星と共回転する大気,(2) 共回転半径~Bondi 半径 RB:v(r) = ((RB-r)/(RB-RC))ΓvK(r)(vKはKepler速度,Γは正定数で,本研究では1と置いた)で距離とともに回転速度が減衰する大気,(3) Bondi半径~Hill半径:Hill半径で星雲ガスと接続する静止大気.このような距離とともに回転速度が減衰する大気は,共回転半径を通じて内側から外側へ漏れ出す角運動量がKepler回転を達成できるほど大きくない場合に生じると考えられる.この速度場による遠心力と火星重力,圧力傾度力が釣り合うように大気の密度場を決定し,この速度場と密度場による抗力を衛星の運動方程式に与えた.
衛星の軌道長半径進化を追う数値実験では,衛星は全ての領域で内向き動径速度を持つが,共回転半径付近で衛星と大気の速度差が小さくなることで衛星の落下が抑制され,衛星軌道長半径の減衰のタイムスケールはフォボスサイズの衛星で少なくとも104yr以上のオーダーとなる.このタイムスケールは共回転半径に近づくにつれて急激に増大し,衛星がこの領域によく留まることが示された.このことは,潮汐軌道進化を考慮した場合の両衛星の初期位置が共回転半径付近であることを自然に説明する.衛星の軌道離心率進化を追う数値実験では,軌道傾斜角がある程度減衰してもなお衛星と大気との間に一定の速度差があるため,傾斜角の減衰は効率的よく起こる.本研究の低角運動量大気による傾斜角減衰のタイムスケールは,松岡・倉本 (2018, JpGU, PPS07-02) で考慮されたKepler回転する大気における傾斜角減衰のタイムスケールが傾斜角の減少に伴い急激に増大するのとは対照的に,フォボスサイズの天体で数千年から数万年という上限値を有している.このことは,現在の火星衛星の軌道傾斜角が小さいことをよく説明する.このような傾向はΓが異なる値を持つ場合にも同様に認められ,ダイモスサイズの衛星ではフォボスサイズの衛星より速やかにこのような軌道進化が引き起こされる.
本研究で考えられた回転大気は,火星の自転角運動量の0.14 %という極めて小さな角運動量しか持たないにもかかわらず,現在の火星の衛星系の特徴をよく再現するような軌道進化を引き起こすことがわかった.