[ACG55-09] 日本最大級の河口干潟に生息する懸濁物食性二枚貝の高密度個体群による摂餌量と基礎生産量の分布
キーワード:物質循環、河口干潟、二枚貝
はじめに
陸と海の境界に位置する河口干潟は地球上の中で最も生産性が高いバイオームの1つである。河口干潟の主要な二次生産者の1分類群である懸濁物食性二枚貝類(以下、「二枚貝」とする)は、高密度な個体群を形成することから、その個体群を維持するために大量の餌を摂餌する。河口干潟に生息する二枚貝の主な餌資源は植物プランクトンや底生微細藻類などの単細胞生物である。既往の二枚貝の二次生産量については、100 gC m-2 yr-1を上回る場合のあることが報告されている。これに対して、温帯域における植物プランクトンや底生微細藻類による一次生産量は92 - 385 g C m-2 yr-1の範囲で報告されている。二枚貝の同化効率を20%と仮定すると、必要な餌要求量は500 g C m-2 yr-1を上回ることになる。このことは、二枚貝の高密度個体群を維持するためには、同一面積における基礎生産量のみでは不足しており、異地的有機物の流入を必要とすると言える。
本研究の研究対象である緑川河口干潟は,熊本県の緑川河口に広がる面積約2,200 haの広大な干潟であり,多くの懸濁物食二枚貝が生息する.その二次生産量は,アサリ(Ruditapes philippinarum) で93.6 g C m-2 yr-1,ホトトギスガイ (Arcuatula senhousia) では308.6 g C m-2 yr-1と非常に高い.一方で,温帯域の微細藻類による基礎生産量を取りまとめた文献によると,植物プランクトンの基礎生産量は92 - 385 g C m-2 yr-1の範囲で報告されており,底生微細藻類の平均基礎生産量は121 ± 100 g C m-2 yr-1と報告されている.上述の二次生産量を元に,緑川河口干潟におけるアサリおよびホトトギスガイの二次生産量を単純に合算すると402.2 g C m-2 yr-1となる.アサリおよびホトトギスガイの成長効率を加味すると,その二次生産量をまかなうためには,少なくとも400 g C m-2 yr-1以上の基礎生産量が必要となる.そのため,温帯域の潮間帯における平均的な基礎生産量では,同一面積における緑川河口干潟の二枚貝個体群を支えることができないと考えられる.緑川河口域では,高密度な二枚貝個体群を維持するために、沖合の植物プランクトンや,潮間帯上部の泥質干潟における底生微細藻類の生産する有機物が,潮流により二枚貝類が多く生息する潮間帯下部へ輸送されることで,高い二次生産が維持されるという仮説が立てられている.しかし,この推定は現地の堆積物表層のChl-a現存量のみに基づく見積もりであり,より直接的な指標である緑川河口干潟の植物プランクトンおよび底生微細藻類の基礎生産量についての報告はないことから,実測による裏付けが必要である.
本研究では,緑川河口域のホトトギスガイの生息域において,満潮時に水質調査を行い,干潮時に底質およびホトトギスガイの定量調査を行うとともに,ホトトギスガイの二次生産量を求めた.さらに,現場海水および堆積物試料を用いた培養実験を実施することで,植物プランクトンおよび底生微細藻類の基礎生産量を推定した.本稿では,緑川河口域のホトトギスガイの生息域における基礎生産量とホトトギスガイの二次生産量を比較することで,同一面積における基礎生産量がホトトギスガイの生産を支え得るのかを検証し,ホトトギスガイの摂餌の影響を定量的に考察することを目的とする.
結果と考察:
本研究において,ホトトギスガイの二次生産量は1.6 ± 0.7 gC m–2 d–1であり,その生息域における基礎生産量は0.36 g C m–2 d–1であった.ここで,二枚貝の成長効率(成長量/摂餌量)を0.19と仮定すると(Komorita et al., 2014),緑川河口干潟の調査域におけるホトトギスガイの摂餌量は8.4 g C m-2 d-1となり,ホトトギスガイの摂餌量は,生息域における基礎生産量の約22倍に及ぶ.基礎生産量については過大評価している可能性が高いことを踏まえると,この数値はより大きくなると予想される.この数値の解釈として,本研究で観測されたホトトギスガイの個体群を支えるためには,生息域の22倍以上の面積が必要であることになる.逆に言うと,ホトトギスガイによる摂餌は生息面積の22倍以上の範囲に生息する基礎生産者を消費していることに相当する.このことから,ホトトギスガイは生息域の基礎生産者に対して多大な影響を与えていると言える.緑川河口域においては,二枚貝類の生息域のみならず外からの基礎生産者の輸送により,二枚貝類の高い二次生産が支えられていることが仮説として示されている(Yamaguchi et al., 2004).本研究ではこの仮説のうち,その場の基礎生産量ではホトトギスガイの二次生産量をまかない難いことを定量的に証明できた.今後,より現場の環境を反映した基礎生産量を測定するとともに,ホトトギスガイの空間的な広がりを評価することで,ホトトギスガイが河口域全体の物質循環に与える影響を明らかにする必要がある.
陸と海の境界に位置する河口干潟は地球上の中で最も生産性が高いバイオームの1つである。河口干潟の主要な二次生産者の1分類群である懸濁物食性二枚貝類(以下、「二枚貝」とする)は、高密度な個体群を形成することから、その個体群を維持するために大量の餌を摂餌する。河口干潟に生息する二枚貝の主な餌資源は植物プランクトンや底生微細藻類などの単細胞生物である。既往の二枚貝の二次生産量については、100 gC m-2 yr-1を上回る場合のあることが報告されている。これに対して、温帯域における植物プランクトンや底生微細藻類による一次生産量は92 - 385 g C m-2 yr-1の範囲で報告されている。二枚貝の同化効率を20%と仮定すると、必要な餌要求量は500 g C m-2 yr-1を上回ることになる。このことは、二枚貝の高密度個体群を維持するためには、同一面積における基礎生産量のみでは不足しており、異地的有機物の流入を必要とすると言える。
本研究の研究対象である緑川河口干潟は,熊本県の緑川河口に広がる面積約2,200 haの広大な干潟であり,多くの懸濁物食二枚貝が生息する.その二次生産量は,アサリ(Ruditapes philippinarum) で93.6 g C m-2 yr-1,ホトトギスガイ (Arcuatula senhousia) では308.6 g C m-2 yr-1と非常に高い.一方で,温帯域の微細藻類による基礎生産量を取りまとめた文献によると,植物プランクトンの基礎生産量は92 - 385 g C m-2 yr-1の範囲で報告されており,底生微細藻類の平均基礎生産量は121 ± 100 g C m-2 yr-1と報告されている.上述の二次生産量を元に,緑川河口干潟におけるアサリおよびホトトギスガイの二次生産量を単純に合算すると402.2 g C m-2 yr-1となる.アサリおよびホトトギスガイの成長効率を加味すると,その二次生産量をまかなうためには,少なくとも400 g C m-2 yr-1以上の基礎生産量が必要となる.そのため,温帯域の潮間帯における平均的な基礎生産量では,同一面積における緑川河口干潟の二枚貝個体群を支えることができないと考えられる.緑川河口域では,高密度な二枚貝個体群を維持するために、沖合の植物プランクトンや,潮間帯上部の泥質干潟における底生微細藻類の生産する有機物が,潮流により二枚貝類が多く生息する潮間帯下部へ輸送されることで,高い二次生産が維持されるという仮説が立てられている.しかし,この推定は現地の堆積物表層のChl-a現存量のみに基づく見積もりであり,より直接的な指標である緑川河口干潟の植物プランクトンおよび底生微細藻類の基礎生産量についての報告はないことから,実測による裏付けが必要である.
本研究では,緑川河口域のホトトギスガイの生息域において,満潮時に水質調査を行い,干潮時に底質およびホトトギスガイの定量調査を行うとともに,ホトトギスガイの二次生産量を求めた.さらに,現場海水および堆積物試料を用いた培養実験を実施することで,植物プランクトンおよび底生微細藻類の基礎生産量を推定した.本稿では,緑川河口域のホトトギスガイの生息域における基礎生産量とホトトギスガイの二次生産量を比較することで,同一面積における基礎生産量がホトトギスガイの生産を支え得るのかを検証し,ホトトギスガイの摂餌の影響を定量的に考察することを目的とする.
結果と考察:
本研究において,ホトトギスガイの二次生産量は1.6 ± 0.7 gC m–2 d–1であり,その生息域における基礎生産量は0.36 g C m–2 d–1であった.ここで,二枚貝の成長効率(成長量/摂餌量)を0.19と仮定すると(Komorita et al., 2014),緑川河口干潟の調査域におけるホトトギスガイの摂餌量は8.4 g C m-2 d-1となり,ホトトギスガイの摂餌量は,生息域における基礎生産量の約22倍に及ぶ.基礎生産量については過大評価している可能性が高いことを踏まえると,この数値はより大きくなると予想される.この数値の解釈として,本研究で観測されたホトトギスガイの個体群を支えるためには,生息域の22倍以上の面積が必要であることになる.逆に言うと,ホトトギスガイによる摂餌は生息面積の22倍以上の範囲に生息する基礎生産者を消費していることに相当する.このことから,ホトトギスガイは生息域の基礎生産者に対して多大な影響を与えていると言える.緑川河口域においては,二枚貝類の生息域のみならず外からの基礎生産者の輸送により,二枚貝類の高い二次生産が支えられていることが仮説として示されている(Yamaguchi et al., 2004).本研究ではこの仮説のうち,その場の基礎生産量ではホトトギスガイの二次生産量をまかない難いことを定量的に証明できた.今後,より現場の環境を反映した基礎生産量を測定するとともに,ホトトギスガイの空間的な広がりを評価することで,ホトトギスガイが河口域全体の物質循環に与える影響を明らかにする必要がある.