JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 山の科学

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学山の環境研究センター)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)

[MIS24-14] 約2,500年前以降におけるオオシラビソ林の分布拡大と環境条件の比較

★招待講演

*今野 明咲香1 (1.常葉大学社会環境学部)

キーワード:オオシラビソ林、亜高山帯、拡大過程、環境条件

一般に,東北地方の亜高山帯にはオオシラビソ(Abies mariesii)を主とする亜高山性針葉樹林が成立すると言われている。しかし,亜高山帯の領域に針葉樹林を欠き,ササや灌木を主とする植生が成立している山域も存在する。

これまで亜高山帯におけるオオシラビソ林の有無については,地形条件や気候条件,地史的な視点からはオオシラビソ林の分布拡大開始時期の差異など,様々な視点から研究がなされてきた。しかしながら,特定の環境条件に着目した時,同じような条件であってもオオシラビソ林の分布に差異がみられることがあり,オオシラビソ林の分布を規定する要因については未だ統一的な見解が得られてない。

現在の亜高山帯植生は,水平的および垂直的な気温変化に伴う植生の基本的配列に加え,地質や地形,冬季の積雪や季節風,植生の競合関係,植生変遷など地域によって異なる条件を持っており,現在のオオシラビソ林は複雑な条件の下に成立している。したがって,オオシラビソ林の分布を検討する上ではこれらの条件を個別に扱うのではなく,条件を比較し総合的に解釈することが必要である。

そこで本研究は,同様の緩傾斜地が広がっている奥羽山脈の八幡平地域と秋田駒ヶ岳地域,北上山地の青松葉山地域を対象に,立地環境だけでなく地史的条件を含む環境条件を比較することで,オオシラビソ林の分布拡大に差異をもたらした主要因を検討した。

湿性環境が広がっている八幡平地域と秋田駒ヶ岳地域北部ではモミ花粉の検出比率から求めたオオシラビソ林の分布拡大が早かったのに対して,透水性のよい地盤や寡雪などによって湿性環境の少ない秋田駒ヶ岳地域南部や青松葉山地域ではオオシラビソ分布拡大が緩慢であった。また,現在亜高山帯にオオシラビソ林が欠ける秋田駒ヶ岳の偽高山帯では,オオシラビソの小林林の周囲にササが密に分布し,林分周囲へのオオシラビソ実生の定着が阻害され分布域の拡大は認められなかった。

このことから,オオシラビソは他の植生よりも優位な湿性環境では順調に分布域を拡大することができたが,反対に湿性環境の少ない地域では他植生よりも劣勢となり現在も分布拡大ができない状況にあると考えられる。したがって,オオシラビソ林の分布差異は単なる分布拡大開始時期の違いだけではなく,他植生,特にササとの競合に影響を受けた分布拡大速度の差異によってもたらされたと推測される。