JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS28] 歴史学×地球惑星科学

コンビーナ:加納 靖之(東京大学地震研究所)、磯部 洋明(京都市立芸術大学美術学部)、芳村 圭(東京大学生産技術研究所)、岩橋 清美(国文学研究資料館)

[MIS28-07] 岩手県岩泉町における歴史地形と台風被害の関連性の解明

*蝦名 裕一1森口 周二1呉 修一1菅原 大助2 (1.東北大学災害科学国際研究所、2.ふじのくに地球環境史ミュージアム)

キーワード:歴史的地形の復元、古地図史料の高精細スキャニング、歴史資料に基づく防災

本研究は、古地図・古絵図に描かれている歴史的地形を、特に河川流路の変化に着目し、今日の災害との関係性を解明するものである。ここでは、岩手県岩泉町乙茂地区における歴史的地形と2016年台風10号被害を事例に述べることにする。
岩手県岩泉町乙茂地区は、2016年(平成28年)8月30日から31日にかけて東北地方を通過した台風10号によって小本川が氾濫して洪水が発生し、大きな被害をうけた地域である。特に、現在の小本川と、国道455号線(かつての小本街道)の間に位置していた高齢者施設が洪水で浸水したことにより、多数の犠牲者を出している。
この地域は、江戸時代は小本街道に沿って乙茂村の集落が成立しており、1889年(明治22年)に合併して岩泉村となった。この地域の歴史的地形を描いた地図として、明治6年(1873)12月に作成された「陸中国閉伊郡乙茂村書上図面」がある。これは当時の明治政府が新たに地租改正を実施するために、全国の町村に対して土地の状況と所有者を書き上げさせた「壬申字引絵図」に類する絵図である。これは100間(約181m)=5寸(約15㎝)の縮尺で描かれており、両辺が約4mの絵図である。
今回、この絵図史料について、大版絵図対応型の高精細スキャン装置によってデジタル撮影を実施し、このデータから歴史的な地形の復元作業をおこなった。この絵図をみると、当時の乙茂地区においては、小本街道沿いに農地が広がるとともに、小本川が複数に分岐している様子をみることができる。特に、小本川は、本流のほかにも、小本街道に沿った支流と北側の山地から流れ込む支流とが合流し、中州を形成していることがわかる。すなわち、2016年の洪水被害にあった地域は、以前は小本川の本流と支流に囲まれた中州となっていたことが読み取れる。
現地でのヒヤリングをした所、洪水発生時に小本川の反対側から洪水がやってきた、という証言が得られた。また、当時の洪水の様子を数値シミュレーションで再現すると、小本川を流れてきた水が、乙茂地区で山側にそれて、高齢者施設に向かっていく流れが生じている様子がみうけられる。これは、2016年に発生した洪水では、小本川の本流だけではなく、1873年の絵図に描かれているかつての支流からも水が流れ込み、被害を拡大したとみることができる。
このように、日本の絵図史料、特に明治初期に全国で作成された絵図には詳細な情報が含まれており、約150年前の河川流路など、歴史的な地形を復元することが可能である。同時に、それは近代の大規模開発以前の自然地形に極めて近い形の復元であり、これをもとに現在の災害要因、さらには将来の防災に活用できる可能性を有している。