JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 O (パブリック) » パブリック

[O-01] 学校教育で使用されている地球惑星科学教材

2020年7月12日(日) 10:45 〜 12:15 Ch.2

コンビーナ:尾方 隆幸(琉球大学島嶼防災研究センター)、川手 新一(武蔵高等学校)、山本 政一郎(福井県立奥越特別支援学校)、根本 泰雄(立命館大学理工学部)、座長:根本 泰雄(立命館大学理工学部)

11:00 〜 11:15

[O01-08] 地球温暖化のリスクをどう教えるか?
~変動しつづける地球システムの中で~

★招待講演

*長谷川 宏一1,2 (1.駒澤大学高等学校、2.駒澤大学応用地理研究所)

キーワード:地球温暖化、不確実性、気候フィードバック

1:はじめに

 2022年より施行される新学習指導要領の解説(2018,文部科学省)には、地学基礎の「地球環境の科学」の分野において、「地球環境の変化を見いださせる方法として、例えば、世界の平均気温の変化や氷河の後退などのデータに基づいて、地球温暖化が実際に起きていることを見いださせるとともに、地域の自然環境の変化との関わりや人間生活への影響を予想させることが考えられる」という記述が存在する。つまり、温暖化が起こっている事は前提として、それを裏付けるデータを示すことや、影響を予測させることを現場の教育に求めているということである。しかしながら、多くの人々が知っているように、温暖化への懐疑論は今も根強く存在しており、声高にその事を指摘する政治家もいる。
 増田2006(日本の科学者41(9))は、IPCCの科学的合意を尊重しつつも、なるべく中立な立場で温暖化懐疑論についてまとめている。いくつかの懐疑論は科学的根拠を欠き、この論文の中で十分に反論されている。しかし、地球の気候システムが研究途上である限り、この問題に不確実性があることは当然である。このような不確実性は地球科学で扱われる他の諸現象にも必ず存在する。一方、社会的注目度が高く、その真偽が頻繁に報道されるのが、この「地球温暖化」の特徴でもある。本発表は、温暖化の真偽を問うものではない。このような状況の中で、高校現場で筆者が何を大事にして教育を行っているかを報告するものである。

2:教科書の記述

 現行の地学基礎の教科書において、「地球温暖化」がどのように記述されているかについて簡潔にまとめる。山本・尾方2018(E-journal GEO13(1))を参考に5社の教科書を比較した。各社とも共通するのは、過去100年間の気温の上昇と、過去数十年間のCO2濃度の増加を示す図が記載されている点である。一方で各社とも、温暖化の要因や将来予測については、「~と考えられる、とみなす考え方が一般的である」という慎重な記述が見られた。また、地球の歴史の中での過去の気候変動をあげ温暖化への慎重な考察を促す記述がある教科書(数研出版・啓林館)や、ヒートアイランドなど他の自然現象の影響をあげて不確実性を説明している教科書(実教出版・第一学習社)が見られた。他方で、東京書籍と第一学習社の教科書では、IPCCの将来予測を示し、特に東京書籍ではそれに対する社会の対応も比較的詳細に記述していた。このように各社とも温暖化の不確実性に対して配慮した記述が見られた一方、そのニュアンスには差異が見られた。

3:現場における指導の工夫

 筆者はこの分野の学習を通して、「科学の不確実性を正しく認識し、情報に振り回されない態度」を養うことを意識している。駒澤大学高等学校では、高校1年生で週2時間の地学基礎が必修になっている。この授業では、3学期に「地球の歴史」と関連付けて”地球温暖化”を取り扱っている。これは、地球の歴史の中で長期的に大気環境が変動し続けている事を認識した上で、現在の温暖化を捉えてほしいという意図からである。またその中で、気候フィードバックの理解に力を入れている。22億年前・7億年前・6.5億年前の全球凍結、2.5億年前のP-T境界、6600万年前のK-Pg境界は、いずれも急激な気候変化と共に、生物の大絶滅とその後の生命の進化が起こっている。これは火山噴火や隕石衝突など何らかの要因をきっかけに、地球の気候システムに正のフィードバック(変化を加速させる仕組み)が働いたことを示す。
 授業では、このように地球の気候は外的な要因で劇的に変化をする可能性があることを強調している。そして、そのシステムが研究途上であることも併せて伝えている。P-T境界やK-Pg境界は、事件の与える印象も強く、この事件に関するいくつかの気候フィードバックの仮説は、生徒の興味を引き付けるよいトピックとなっている。
 地球惑星科学の分野では、例えば、地球観測衛星からのリモートセンシングデータや地球内部の掘削データなど、日々技術革新と共に新たな種類の観測データが取得されている。それらのデータは、現在の有力な学説に疑念を投げかけるものである場合もある。温暖化は、将来予測において社会的影響が大きいと考えられることから、それが逐一報道され話題をさらう。しかし、このような新しいデータが出るたびに慎重にデータの意味が検討され、不確実性を狭めるための議論が行われることは、科学的には当たり前の事である。気候フィードバックは、正(変化を加速させる仕組み)と負(変化を抑制する仕組み)の両方の仕組みが日々研究途上であるため、科学に不確実性があることを伝えるには良い題材である。このためこれを題材に、複数の種類のデータを複合的に考えて現象を見定めていく態度が必要であることを強調し、教育を行っている。