日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-OS 海洋科学・海洋環境

[A-OS16] 全球・海盆規模海洋観測システムの現状、研究成果と将来展望

2021年6月5日(土) 17:15 〜 18:30 Ch.06

コンビーナ:細田 滋毅(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、増田 周平(海洋研究開発機構)、藤井 陽介(気象庁気象研究所)、藤木 徹一(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)

17:15 〜 18:30

[AOS16-P06] 海洋のpH計測

*茅根 創1、宮脇 稔勝1、藤田 乃里1、鈴木 拳太2、中嶋 秀2、森岡 和大3、辺見 彰秀4 (1.東京大、2.東京都立大、3.東京薬科大、4.メビウスアドバンストテクノロジー)

キーワード:pH、海洋、計測、海洋酸性化、イオン応答電界効果トランジスタ

Cremer (1906) がガラス膜電位を発⾒し,Sørensen and Palitzsch (1910)がはじめて海洋のpHを計測して以来1世紀にわたって,海洋のpH計測に汎用的にガラス電極が⽤いられてきた.指⽰電極の感応膜は薄いガラス膜で,壊れやすく耐久性に乏しい.ガラス膜電極が⽔素イオンと選択的に応答する原理は不明で,素材や製作⽅法はメーカーごとに異なるブラックボックスである.また指⽰電極・参照電極ともに銀−塩化銀電極が⽤いられているため,電極が試料溶液と反応して劣化してしまう.また,参照電極は,塩橋として試料を介して指⽰電極と導電性を保つために内部液を常に漏れ出させており,液の交換が必要である.ガラス電極によって膨大なpHデータが蓄積しているにも関わらず,電極のドリフトや劣化が適切に較正されていないため,分光光度法によって求められた値と比べて,値の信頼度は低いとされている(Dickson 1993, McLaughlin et al. 2017).分光光度法による海洋のpH計測は,(Clayton and Byrne 1993)が確立した.(Seidel et al. 2008)は,現場型の計測システムを評価し,精度(分解能)0.0007,精確さ0.0017でpHを計測できるとした.しかしながら,分光光度による計測には,発色のための試薬の混合が必要であることが,現場計測の制約である.
1970年以降,固体半導体を⽤いたpHセンサーが,開発・実⽤化された(Bergveld 1970).これは,ISFET(Ion Sensitive Field Effect Transistor:イオン応答電界効果トランジスタ)と呼ばれ,感応膜(酸化タンタルなど)の電位を,トランジスタによって計測する.ISFETの原理は,電気化学的に明瞭でブラックボックスはない.半導体センサーは,耐久性に優れ,⼩型化できる.こうした特性のため,アルゴフロートでもpH計測にはISFETが用いられている.もっとも汎用に用いられているDurafetセンサーの短時間の精度は0.0005,数年間の精度は0.005,精確さは0.01と評価されている(Martz et al. 2010, Johnson et al. 2016).しかしながら,半導体は感応膜と⼀体として溶液につけるため,半導体をモールドしなければならない.深海で計測する場合には,10MPa以上の耐圧が必要である.半導体の特性が圧⼒に依存するため,⾼圧の深海での計測では補正が必要である.また半導体の⼩型化には限界があり,μmスケールのセンサーはない.さらに参照電極として銀−塩化銀を⽤いているため,溶液の塩化物イオンと電極が反応して電極が変質してしまう.参照電極の内部溶液として塩化カリウムゲルが用いられているが,その交換も必要である.
pHは,海洋の中でもっとも基本的な化学量である.とくに大気二酸化炭素の上昇に伴う海洋酸性化が地球環境変化に関わる新たな課題として認識され,pH計測の重要性は高まっている.さらに,海洋炭酸系の測定可能な4つの量(pH, CO2, 全炭酸,アルカリ度)のpH以外の3つの量も,試料海水に酸を添加したり(全炭酸,アルカリ度),試料海水のCO2を気体透過膜を通して測定溶液に導入して(CO2,全炭酸),そのpHを計測することによって求めることができる.海水や高圧の深海でも安定して高い精確性を維持できるpHセンサーの開発によって,海洋の炭酸系のモニタリングとそれに基づく海洋酸性化の実態解明や海洋のCO2吸収能の評価が飛躍的に進む.新しいpHセンサーは,小型で消費電力が小さく,試薬を用いず,長期的に安定で海水によって変質せず,高圧に対する耐性が高く,圧力依存性が小さいものであることが求められる.精確さは,炭酸系を計算する誤差の伝搬を考慮すると0.001以内,精度(分解能)が0.0002であることが必要である.