日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG23] 原子力と地球惑星科学

2021年6月5日(土) 09:00 〜 10:30 Ch.17 (Zoom会場17)

コンビーナ:笹尾 英嗣(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 東濃地科学センター)、竹内 真司(日本大学文理学部地球科学科)、長谷川 琢磨(一般財団法人 電力中央研究所)、座長:長谷川 琢磨(一般財団法人 電力中央研究所)

10:15 〜 10:30

[HCG23-06] 福島県阿武隈山地のスギ林及びコナラ林における樹木のセシウム137吸収量の推定

*新里 忠史1、佐々木 祥人1、伊藤 聡美1、渡辺 貴善1、雨宮 浩樹2 (1.日本原子力研究開発機構、2.QJサイエンス)

キーワード:東京電力福島第一原子力発電所事故、コナラ、スギ、セシウム吸収

東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所事故(以下、1F事故)に由来する137Cs(以下、Cs)は半減期が約30年と長く、今後長期にわたるモニタリングにより移行挙動を注視する必要がある。福島県阿武隈山地の生活圏に隣接する落葉広葉樹林(以下、コナラ林)及び常緑針葉樹林(以下、スギ林)における2013年以降の長期観測により、森林外へのCs流出量はCs存在量に対して1%に満たず、森林はCsを長期的に留める機能を有すると考えられる[1]。本研究では、林産物のCs濃度予測モデル構築で必要となる樹木のCs吸収量の推定結果を報告する。

調査地は阿武隈山地の生活圏に隣接するコナラ林とスギ林の各1地点である。降水量平年値(1981-2010年)はコナラ林とスギ林でそれぞれ1,221mm及び1,465mm、樹木密度は791及び740本/haである。地上130cm高の幹直径はコナラ林とスギ林でそれぞれ10–14cm及び25–30cmに最頻値をもつ。平均樹高はコナラ林で12.7m、スギ林で21.3mである。
樹木のCs吸収量は、1964–1974年に世界40の国が参加した国際生物学事業計画(IBP)における養分吸収量の算出方法に従った。すなわち、植物体への吸収量は、植物体の生長に伴う吸収量と植物体からの枯死及び溶脱により失われた量の総和となる[2]。ここで、植物体の枝葉量が平衡状態にあり、枝葉生産量は枯死量に等しいとされ、根の生長や枯死量、樹体内での転流及びエアロゾル吸収量も未考慮である。このため、本法の吸収量の推定は過大評価となるが、最大値の見積もりには有効と考えられる。
樹木の生長に伴うCs吸収量は、各林分のバイオマス増分に樹木各部のCs濃度を乗じて算出した。バイオマス増分は、スギ林とコナラ林にて2013–2019年に実施した幹直径と樹高の測定結果にアロメトリー式[3]を適用し立木材積を算出し、樹木各部の容積密度を乗じて得たバイオマス量の差分から年間増加量を求めた。樹木の分析試料は、スギ林で2015年10月と2017年9月、コナラ林で2018年10月と2019年10月に3–5本の代表木を胸高直径に基づき選定し伐倒して採取した。伐倒後に葉、枝、樹皮及び材(辺材、心材)に解体し、樹木各部のバイオマスから各部の容積比を算出するとともに、試料の乾燥・粉砕後にGe半導体検出器にてCs濃度を測定した。
樹木からの枯死及び溶脱により失われたCs量は、リターフォール、樹幹流及び林内雨に伴うCs移動量の観測結果を使用した[1]。調査地のCs存在量は、林床リターと深度20cmまでの土壌をスクレーパープレートで全量採取し、試料の採取面積、重量及びCs濃度から算出した。

樹木の生長に伴うCs吸収量は、コナラ林とスギ林で年間あたりそれぞれ494 Bq m2及び269 Bq m2となり、調査地のCs存在量に対してそれぞれ0.1及び0.06%に相当した。樹木からの枯死及び溶脱により失われた量と合算した吸収量の総和は、年間あたりそれぞれ6,799 Bq m2及び15,265 Bq m2となり、Cs存在量に対し1.37及び3.13%となった。
樹木からの枯死及び溶脱によるCs量は吸収後に樹木に蓄積されるCs量ではなく、樹木を介し森林生態系を循環するCs量と考えられる。ただし、1F事故直後の初期沈着で樹木表面に沈着したCs量や樹体内で転流するCs量が含まれるため過大評価されており、実際はさらに低いと考えられる。一方、樹木の生長に伴うCs吸収量は、Cs存在量と比較し小さいものの、樹木幹への蓄積量と考えられる。IBPでは、N、P及びK等の養分吸収量は落葉広葉樹林と比較し針葉樹林で少ないとの報告があり[2]、本報における樹木の生長に伴うCs吸収量が同様の結果を示す。また、IBPにおける京都近郊と島根県中部の落葉広葉樹林で見積もられたN、P及びKの樹木への吸収量(それぞれ1.1%、2.1%及び14.6%)[4,5]と比較し、本報の樹木Cs吸収量の総和は小さな部類に属す。以上のことは、2015年以降のスギやコナラ立木のCs吸収は限定的であり、Cs濃度の大幅な上昇が生じにくいことを示す。今後、樹木のCs吸収量と他元素の物質移行量の差異の要因解明が課題である。

[1] Niizato et al., 2016, J. Environ. Radioact. 161, 11-21.
[2] Cole et al. 1980, Inter. Biol. Prog. 23, 341-410.
[3] 細田ほか, 2010, 森林計画学会誌, vol.44, 23-39.
[4] 片桐・堤, 1978, 日林誌, 60, 195-202.
[5] 片桐, 1988, 日生態誌, 38, 135-145.