日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-QR 第四紀学

[H-QR04] 第四紀:ヒトと環境系の時系列ダイナミクス

2021年6月5日(土) 10:45 〜 12:15 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター)、奥村 晃史(広島大学大学院文学研究科)、里口 保文(滋賀県立琵琶湖博物館)、座長:奥村 晃史(広島大学大学院文学研究科)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター)

11:00 〜 11:15

[HQR04-08] Unveiling the black box: monthly measurements on dissolved inorganic radiocarbon in Fuji Five lakes water to understand the lake specific reservoir ages

*太田 耕輔1,2、横山 祐典1,2、宮入 陽介2、山本 真也3、宮島 利宏2 (1.東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻、2.東京大学大気海洋研究所、3.山梨県富士山科学研究所)


キーワード:放射性炭素、富士五湖、湖水

陸域の古環境研究では高時間解像度化が求められており,最適な試料として湖の年縞堆積物や石筍が利用されてきた.しかし,年縞堆積物や石筍の様な長期間の形成期間を有する地質試料を利用できる地域は限られている.また,第四紀の様々な試料に適用可能な年代測定法としては放射性炭素年代測定法が有用であるが,炭素リザーバー効果を考慮しなければならない.

炭素リザーバー効果とは、水や堆積物が土壌や母岩由来の古い14Cの影響を受け、生成年代よりも見かけ上古い14C年代を示す現象である。湖沼では炭素リザーバー効果の変動が顕著であり、最大で2200年程度を示すことが知られており、高精度年代決定の上での問題となり得る。最近ではBente (2013)が、地下水や河川水、降雨が炭素リザーバー効果に与える影響について報告しているが、サンプリング間隔が半年毎と広く、炭素リザーバー効果の詳細な季節変動や水循環との関係については十分明らかにされていない。しかしながら炭素リザーバー効果を高精度に見積ることは重要である.

そこで本研究では、降水,地下水,湖水の放射性炭素濃度(Δ14C)・酸素同位体・水素同位体比を多点測定し,季節変動を比較することによって、富士五湖の炭素リザーバー効果に影響を与える環境要因や,湖沼に流入する河川水や地下水の割合を考慮することで炭素リザーバー効果における水循環の寄与の解明を目的とした。富士五湖では本栖湖・精進湖・西湖において常時流入及び流出河川はなく,湖水は降水・地下水の流入によって規定されるため,水圏の炭素移動過程の推定に適している.水循環の研究例として,本栖湖では、吉澤ら(2008)の表層水によるバナジウム濃度の継続的な調査や浜野(1976)による夏季と冬季の水温・水質調査に加え、通年の水温・水質の鉛直調査が行われ(濱田ほか, 2012)、降水量が水収支の大きなウェイトを占めていることが明らかにされた。しかし、富士山北麓は溶岩流によって形成された地形であることから、集水域の特定が困難であるため、地下水の影響を十分に検討できていない。また、山本ほか(2020)による河口湖の水文及び湖底調査では、酸素同位体比、バナジウム濃度から、御坂山地由来の湧水が報告されている。

富士五湖の表層水を2018年6月から1ヶ月毎の間隔で定期的に採取した。加えて、湖周辺の地下水を2019年10月、11月に採取した。Δ14Cの測定にあたっては、採取時に水銀で固定した湖水試料に対し、McNichol et al. (1994)に従いバブリング法によって溶存無機炭素からCO2を抽出し、Yokoyama et al. (2007)に従いグラファイト化した。測定は東京大学大気海洋研究所のシングルステージ加速器質量分析装置を用いて行った(Yokoyama et al., 2019)。湖水の酸素同位体・水素同位体比の測定には東京大学大気海洋研究所の波長スキャンキャビティリングダウン分光装置を利用した.

河口湖・山中湖・西湖・本栖湖の全溶存無機炭素中の14Cを測定した結果、河口湖の夏季表層水が最も古い14C年代を示し、本栖湖が最も新しい年代を示した。山中湖と西湖では本栖湖に近い値を示し、河口湖が顕著に古い年代をもつことが明らかになった。河口湖・本栖湖の14C濃度は冬季に比べ夏季に大きくなること、山中湖では夏季に月ごとの変動幅が大きいことが明らかになった。また、11地点の地下水の14C測定結果と酸素・水素安定同位体比から,地下水の由来について考察した。他にも、河口湖堆積物から抽出した特定有機化合物の14C測定結果(Yamamoto et al., 2020)と比較することで、水循環の変動が湖の炭素リザーバー効果に与える影響について考察したところ、本栖湖・河口湖において春から夏にかけての14C年代が堆積物と近い値を示すことが明らかになった。今後,湖水-堆積物間の炭素移動メカニズムを検討する必要がある。

河口湖,西湖,山中湖は夏にかけて安定同位体比が重くなる傾向が示された.この結果は夏季に蒸発の影響が強くなることと一致する.一方,本栖湖では夏季に同位体比が軽くなっていることが明らかになった.富士五湖の内,本栖湖は他の湖に比べて太平洋寄りに位置するため,夏季に移動経路の異なる降水が供給されている可能性が示唆された.