日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[E] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS02] アストロバイオロジー

2021年6月3日(木) 15:30 〜 17:00 Ch.26 (Zoom会場26)

コンビーナ:薮田 ひかる(広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学専攻)、杉田 精司(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、深川 美里(国立天文台)、藤島 皓介(東京工業大学地球生命研究所)、座長:藤島 皓介(東京工業大学地球生命研究所)、深川 美里(国立天文台)、杉田 精司(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、薮田 ひかる(広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学専攻)

16:00 〜 16:15

[MIS02-07] 初期火星における二価鉄サポナイトの有機硫黄化合物生成、炭素循環、気候に対する役割

*野田 夏実1,2、関根 康人1、高橋 嘉夫2、佐久間 博3、河合 敬宏2、中川 麻悠子1、北台 紀夫4、Kristin Johnson-Finn1、Shawn McGlynn1 (1.東京工業大学地球生命研究所、2.東京大学大学院理学系研究科、3.物質・材料研究機構、4.海洋研究開発機構)


キーワード:初期火星、有機物

表層環境における無機炭素の固定プロセスは、初期地球における有機物の起源や気候の安定性、さらには生命の起源の理解に重要である。また、様々な惑星環境において無機炭素が固定されて生じる有機物の特徴を理解することは、地球以外での生命指標の特定など、将来の探査でアストロバイオロジーの観点で注目すべき物質を推論するのに欠かせない。

NASAの火星探査車キュリオシティは、水が存在した初期火星で形成した湖底堆積物の鉱物・化学組成を調べている。キュリオシティの搭載装置SAMは、採取したドリルコアを熱分解して揮発した有機物の質量分析計による検出が可能である。近年のSAMによる分析から、チオール類やチオフェン類のような有機硫黄化合物が湖底堆積物の泥岩層中に検出された(Eigenbrode et al., 2018)。

有機硫黄化合物は、地球上では生体分子としてあるいは有機物が続成過程で硫化作用を受けて主に生成することが知られている(e.g., Canfield, 2001; Werne et al., 2008)。しかし、無機物から有機硫黄化合物が非生物学的に合成されうるのかを調べた例は乏しく(e.g., Heinen & Lauwers, 1996)、初期火星の硫黄に富む環境を想定した研究は行われていない。初期火星においては大気二酸化炭素が炭素の主要な存在形態と考えられるが、これが有機物に固定されるには強力な還元力が必要と予測される。

そこで本研究では、硫黄に富んだ火星表層における無機炭素の固定による有機硫黄化合物の生成過程を調べた。二酸化炭素と硫化水素を含む水が二価鉄を含む鉱物表面と触れ合う環境における水岩石反応に着目し、4種類の鉱物(硫化鉄、鉄ニッケル合金、マグネタイト、合成二価鉄サポナイト)を用いた熱水実験を実施した。中でも二価鉄サポナイトは、初期火星の還元的な表層環境に広く分布した可能性が示唆される一方で(Michalski et al., 2015; Chemtob et al., 2017)、地球上では酸化されやすく不安定なため還元力などの理解は乏しい。そこで、嫌気環境下でガラスバイアルにいずれかの鉱物、炭酸水素ナトリウム溶液、二酸化炭素ガス、硫化水素ガスを封入・密閉し、90℃で2~4週間加熱し続ける実験を行った。加熱終了後には生成ガス種の分析をガスクロマトグラフ質量分析計で行った。

分析の結果、鉄ニッケル合金や二価鉄サポナイトを用いた実験においてメタンチオールやエタンチオールの生成が確認された。さらに実験後の鉄サポナイトを走査型透過X線顕微鏡で分析した結果、脂肪族有機物やカルボン酸が固相表面あるいは層間に生成していることが示唆された。また、鉄サポナイト及び硫化鉄を用いた実験では、硫化水素を入れない対照実験と比較して水素濃度が一桁以上高く、還元力が強化されていることが示唆された。
これらの結果は、初期火星の水環境において二価鉄サポナイトの働きで二酸化炭素が還元され有機硫黄化合物が生成しうることを示唆する。この場合、初期火星に広く存在した二価鉄サポナイトへの炭素固定が、大気二酸化炭素のシンクとして働いた可能性が考えられる。また、同時に放出された水素が二酸化炭素との衝突誘起吸収による温室効果をもたらし、気候を温暖にした可能性も考えられる(Wordsworth et al., 2017)。