日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 水惑星学

2021年6月5日(土) 17:15 〜 18:30 Ch.22

コンビーナ:関根 康人(東京工業大学地球生命研究所)、渋谷 岳造(海洋研究開発機構)、玄田 英典(東京工業大学 地球生命研究所)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)

17:15 〜 18:30

[MIS14-P17] 地球化学的ツールとしてのルビジウム安定同位体比の可能性

*小長谷 莉未1、坪井 寛行1、板井 啓明1、高橋 嘉夫1 (1.東京大学)

キーワード:ルビジウム、安定同位体、粘土鉱物、地球化学

地球で起きる化学反応のうち、固液界面への吸着反応は、水圏における固液分配を支配する重要な反応であるが、その素過程には未解明な点が多く、分子地球化学的に重要な研究対象である。様々な吸着反応の中で、金属イオンが特異的な構造を示す例として、セシウム(Cs)が挙げられる。広域X線吸収微細構造(EXAFS)の解析から、Csでは2:1型粘土鉱物に吸着されると内圏錯体を形成することが分かっている。このような特異的な化学種をとる場合、吸着に伴って同位体比が変化する可能性があるが、Csは単核種元素であるため、安定同位体地球化学の対象とはならない。そこで、ここではCsと同じく1価陽イオン状態が安定でイオン半径も近いルビジウム(Rb)でも同様に内圏錯体を形成する可能性があることに着目した。水和物の状態から内圏錯体を形成する時、脱水してケイ酸塩の層と直接相互作用をして、結合状態が変化する。このような錯体構造変化により同位体分別が起こり得ることが明らかになっており、本研究ではRbの粘土鉱物への吸着において同位体分別が起こるかどうかを検討する。Rbは、アルカリ金属イオンであるため、通常は水によく溶け、その化学反応は単純である場合が多い。よって、特異的な吸着構造に着目することで、その反応に特異的な同位体分別を利用し、地球化学的に新規の情報を得られる可能性がある。そのため、本研究では、層状珪酸塩への内圏錯体の形成によってRbの濃度や同位体比が変化するかどうかを明らかにすることを目的とした。まず、Rb+を様々なpHやイオン強度下でバーミキュライト、モンモリロナイト、イライトに吸着させ、吸着構造のEXAFS分析を行った。比較として、水和イオンを吸着すると考えられる強酸性陽イオン交換樹脂(SCR)でも同様の実験を行った。次に、吸着試料の液相および固相のRb安定同位体比を、マルチコレクター型ICP質量分析計(MC-ICP-MS)を用いて測定し、同位体分別の定量を行った。また、産総研標準岩石試料、太平洋海水試料、太平洋海底コア試料について、EXAFS法でRbの存在状態を解析すると共に、MC-ICP-MSでRb安定同位体比を測定した。さらに、河川水の溶存態および懸濁粒子のサンプリングを利根川で実施し、それらの試料についてもEXAFSでRbの存在状態を解析すると共に、MC-ICP-MSでRb安定同位体比を測定した。その結果、Rbは特定の層状珪酸塩(バーミキュライト、イライト)に対して内圏錯体を形成して吸着し、その吸着に伴って同位体分別が起こることが実験的に明らかになった。この同位体分別では、軽い同位体(85Rb)が固相側に濃集していた。一方、Rbはモンモリロナイト、SCRに対しては主に外圏錯体を形成して吸着し、その吸着に伴う同位体分別は検出できない程度に小さかった。これらの結果は、内圏錯体を形成する吸着反応に伴い、Rb同位体が分別することを示している。一方、天然試料の分析では、EXAFS分析により堆積岩中のRbも層状珪酸塩への内圏錯体を形成していることが明らかになった。海水-海洋堆積物系では、海洋堆積物と海水との間に分別がみられた。これらの系でも85Rbが固相に濃集しており、室内実験で観察されたRb同位体分別は、実際の海洋環境でも見られた。しかし、海水および海洋堆積物のδ87/85Rbはいずれも地殻平均値よりも有意に高く、δ87/85Rbは海洋に流入する前の河川で高くなっていることが示唆された。実際に利根川のδ87/85Rbは溶存態-懸濁粒子間で分別され、この同位体分別はイライトとバーミキュライトの室内実験系で観察された同位体分別と一致した。その結果、海水と海洋堆積物のδ87/85Rbは、河川系と海洋系の両方における層状珪酸塩への吸着反応を考慮することで説明できる。また、イライトやスメクタイトは、遠洋性堆積物中の代表的な粘土鉱物であり、これらの鉱物は隕石など惑星物質にも普遍的に存在している。したがって、Rb安定同位体比の地球化学的応用の可能性として、海水量変動や惑星や小惑星の水―岩石比の記録の推定に関する研究が挙げられる。現在、さまざまな惑星が形成初期に水を持っていたことが広く認識されており、太陽系内の惑星と小惑星の進化に関する研究では、水―岩石比が重要である。隕石および岩塩中の粘土鉱物中のRb安定同位体比の測定は、水相に残っているRbを表し、隕石の母天体の水―岩石比に制約を与える可能性がある。例えば、Zag隕石においては、NaCl中のRb安定同位体比は過去に存在した流体のRb安定同位体比を示す一方で、層状珪酸塩は反応相手である固相中のRb安定同位体比を示すため、この分別の程度から、隕石の母天体の水―岩石比の推定が可能と予想される。この手法を探査機「はやぶさ2」がもたらす「リュウグウ」帰還試料に適用できれば、母天体の水―岩石比の推定に利用できる。惑星の初期の水―岩石比は、太陽系内の惑星の位置と関連しており、Rb安定同位体比は、これら小惑星の形成過程や太陽系の進化に関する新規性の高い情報を与える可能性がある。